第9話 裏
千歳春陽がマガツキと呼ばれる化け物が放った攻撃により意識を失った後、その場に桃峰花恋、蒼井千冬、黄島秋子の三人がやって来た。
「春陽! 春陽、しっかりしてよ!!」
「啓二! え……? 春陽君……?」
「千歳君がどうして……?」
三人を待っていたのは、倒れている千歳春陽と彼の身体を必死な表情で揺する美藤啓二の姿だった。
いつも明るい桃峰花恋もこの時ばかりは顔を青ざめていた。そして、蒼井千冬もまた千歳春陽を不安げな表情で見つめていた。
「美藤、そいつはあたしが預かる。ここにいたら危険だ」
「え……黄島さん?」
「桃峰も蒼井も、てめえらが今やらなきゃいけないことは一つだろ。先ずはそれをやれ。そうしないと、千歳が余計に傷つくぞ」
「……うん、そうだね。秋子ちゃん、春陽君をお願い」
「秋子さん、千歳君をよろしくね」
「任せろ」
花恋と千冬の言葉に秋子が頷きを返す。
それを合図に三人は同時に自らの胸元にある雫型のペンダントを握りしめる。
「「「天身!」」」
それと同時に三人の姿が変わっていく。
それぞれの名に関する色と穢れなき純白を基調とした神々しさを感じる衣装にその身は包まれ、髪もボリュームを増していく。
極め付きは三人の背中から白い天使を彷彿とさせる羽が生えたことだった。
天身。
人の身から天界と呼ばれる異界の力を有する存在に変わる。
桃峰花恋、蒼井千冬、黄島秋子の三人は、人間界を鬼魔という侵略者から守るための戦士だった。
「ふふ、来たのね天子たち。目的の彼は期待外れみたいだったし、あなたたちは少しは楽しませて頂戴ね」
「モテタイイイイ!!」
黒髪の美女――鬼魔と呼ばれている存在の言葉に合わせ、マガツキが秋子たちに襲い掛かる。
振り下ろされた巨大な拳は人一人なら簡単に押しつぶせるだけの威力を持っている。だが、その一撃を花恋と千冬の二人はいとも容易く止めてみせた。
「秋子ちゃん! ここは私たちに任せて!」
「今のうちに、千歳君を安全なところに!」
「ああ、頼んだ」
二人の言葉に頷き、秋子は倒れている春陽の身体を抱える。
そして、化け物たちから離れた場所へ行き、春陽の身体を寝かせる。
春陽はうなされたように額に汗をにじませ、苦しそうな表情を浮かべている。
更に、春陽の胸の辺りからどす黒いなにかが滲んでいた。
「ライトフィールド」
秋子がそう呟くと、春陽と秋子の周囲を包み込むように、半球の淡い光の空間が出来上がる。
その空間が出来た途端、そこに羽を生やした赤ちゃんのような姿をした手のひらサイズの生物が姿を現す。
「まーた、こいつだよ。本当、厄介ごとしか持ってこないよねぇ。汚らわしいものを宿した身で、ボクらの天子に近寄って欲しくないんだけど」
天子。
その生物が口に出したそれを秋子はこれまでに幾度となく聞いて来た。その生物は天子が誰かをはっきりと言ったことはないが、秋子はそれが自分たちのことだと認識している。
「アマツキ、千歳を助けるから力を貸せ」
「はぁ、面倒だなぁ。いっそ、ここでこいつを消し去った方がいいとボクは思うね」
アマツキと秋子が呼んだ生物は春陽への嫌悪感を隠そうともせずに、ため息をつく。
そのアマツキを秋子は睨みつけた。
「千歳がいなくなれば、てめえの好きなその天子が悲しむぞ。桃峰も蒼井もそれなりにこいつに好意を抱いている。それに、誰かが消えたことを無かったことに出来るほどの干渉は天子には出来ないんじゃないのか?」
「そうなんだよねぇ。だから、こんな奴とはさっさと縁を切って欲しかったし、秋子にはそれをお願いしていたはずなんだけどね」
責めるような視線を秋子に向けるアマツキ。だが、そんな視線を受けても秋子はどこ吹く風と言った様子だった。
「前にも言ったはずだ。あたしにはこのバカは止められない。バカすぎるからな。とにかく、千歳を――」
助けてくれ。秋子がそう言おうとした時、春陽の身体に異変が起きた。
額に黒ずんだ小さな角が現れ、目の周りには禍々しい痣が浮かび上がって来ていた。
「ちっ。前よりも浸食が早いね。ほら、秋子。早くその手にある天剣をこいつの胸に刺しなよ」
「分かった」
眉間に皺をよせながらアマツキが指示を出す。その指示に従い、秋子は自身の腰に下げてある短剣を抜いた。
魔と呼ばれる、人の薄暗い欲望が増幅したもの。秋子が持つ短剣にはそれを鎮める力がある。
「千歳、悪い」
ポツリと呟いてから秋子は短剣を春陽の胸に突き刺した。
その瞬間、春陽は身体を大きくのけぞり声にならない叫び声を上げる。
春陽の姿から目を背けるように、秋子は手元の短剣をジッと見つめて、春陽の身体を押さえつける。
暫くすると、春陽の身体が力を失ったかのように大人しくなる。
それに合わせて、アマツキが春陽の胸に手を当てる。
「千歳春陽、今日お前はただ美藤啓二たちと遊びに来ただけ。おかしなことは何も起きていない。そして、お前の願いは美藤啓二と桃峰花恋、幼馴染二人が結ばれること。桃峰花恋は美藤啓二のものだ」
アマツキの言葉を聞きながら秋子は眉をひそめる。
これが三度目だ。
アマツキによって、千歳春陽という人間の思考が歪められるのは。
鬼魔という存在から天子と供に人間界を守るために戦え。
自らを天精霊という種族だと語るアマツキにそう言われ、桃峰花恋、蒼井千冬と供に秋子が人知れず戦い始めてからもう直ぐ半年が経つ。
このことを知る者は桃峰花恋、蒼井千冬、黄島秋子、そして、桃峰花恋の幼馴染である美藤啓二の四人だけだ。
だが、本来は五人のはずだった。
その五人目から鬼魔の存在と天子たちの戦いに関する記憶を奪い、更に、その思考を歪める判断をしたのがアマツキだった。
「よし、これでいいね。全く、とんだ不純物がいたものだよね」
千歳春陽の身体から黒い嫌な気配が消えると、アマツキは春陽の身体に蔑んだ目を向けながら秋子の肩に乗る。
アマツキは千歳春陽を始めて見た時からこうだった。一方的に嫌悪し、いなくなってもいいという。
それは天精霊と呼ばれる、天使のような存在を自称する生物とは思えないほどの言動だった。
「アマツキ、もうやめにしていいんじゃないか」
「何をだい?」
「千歳はバカだが、悪い奴じゃないただ桃峰を愛してるだけだ。誰を選ぶのかは桃峰の自由だろ? それに、私たちのことを知られても私たちに不利益になるようなことはしない。別に、千歳の思考を捻じ曲げる必要なんてどこにも――」
「あるよ」
底冷えのする声に秋子の肩がビクッと震える。
アマツキは光の無い瞳で静かに春陽の身体を見つめていた。
「秋子、鬼魔と戦う力を人間界で振るうことが出来るのは天子だけだ。そして、その天子にとって千歳春陽は天敵になり得る」
「その天子ってのがあたしらなんだろ。千歳は桃峰がいる限り桃峰の味方をするだろ。なんでその千歳があたしらの天敵になるんだよ」
「そうだね。確かに、こいつは桃峰花恋を異常なまでに愛している。だからこそ、天敵なんだ」
アマツキは淡々と告げる。その言葉の意味が秋子には理解できない。
ただ、問題なのは千歳春陽が桃峰花恋を異常なまでに愛していることなのだということだけは分かった。
千歳春陽が桃峰花恋を愛することが天子には不利益に働く。
だが、秋子も千冬もそれを悪いことは考えていない。千冬に至っては千歳春陽を応援している節すらある。
あと考えられるのは花恋くらいだが……。
「とにかく、秋子には千歳春陽が不審な動きを見せないか見張ってもらうよ。前にも言ったけど、この戦いは子供の遊びとはわけが違う。君たちが生きる世界をかけた戦争だ。ボクらは世界のために千歳春陽の意志を、記憶を、感情を切り捨てる」
つまり、アマツキは恐れているのだ。
千歳春陽が花恋と関わることで、起こるかもしれない世界を鬼魔たちに支配される未来を。
秋子はそう判断した。
「殺さないだけ感謝して欲しいね」
アマツキはそう言い残して、何処かへと姿を消した。
残された黄島は春陽の手を握る。
アマツキは春陽を嫌悪しているが、秋子からすれば春陽の手はアマツキや自分たちより、よほど綺麗に見えた。
大切な人のために突き進む意志は秋子のそれより遥かに高潔だろう。
「本当に、気持ち悪い」
他の誰に向けられたわけでもないその言葉は宙へと霧散していった。
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