第3話 一人の思い
「だーっ! くそっ! おい、春陽話が違うぞ!」
「あの蒼井さんと一緒に愛の共同作業が出来るって聞いたから俺は残ったんだがな」
「なのに、なんだいこれは? 場所は蒼井さんの住処の生徒会室ではなく、砂埃が舞う用具室。周りにいるのは涼やかな風を感じさせる蒼井さんのような美少女ではなく、むさ苦しい男たち。僕はこんなところで肉体労働するために塾を休んだわけじゃない!!」
俺が声をかけ、蒼井という餌に釣られた三人のクラスメートの男子が用具室の中でギャーギャーと喚きたてる。
「共同作業が出来るかも、とは言ったけど、愛のとは言ってない。後、塾を休んだのはお前の自己責任だろ。それに、これでお前らの大好きな蒼井が助かるんだからいいじゃねーか」
「「「”さん”を付けろよこのデコ助野郎!」」」
「俺のおでこはそんなに広くねーよ」
文句を言いながらも三人ともきっちり手は動かしている。
まあ、わざわざ蒼井が喜ぶというだけで貴重な放課後を潰して手伝いに来るようなバカ丸出しのお人よし野郎どもだ。自然と言えば自然である。
ちなみに、用具室で俺たちが何をしているかというと、体育祭で使う用具の点検である。
昼休み、蒼井から奪った書類の中に用具の点検をしておくようにという通達があったので、俺が男子を集めてそれをやっているのだ。
蒼井にも既に連絡済みである。
「それにしても、結構な数あるな。こんな面倒なことを蒼井さんはやろうとしてたのか」
額を拭いながらそう言うのは太田
陸上部に所属している坊主頭の男子である。今日は陸上部の練習が休みらしく、手伝いに来てくれた。
太田の言う通り、大綱引き用の綱に、ムカデ競争で使う道具、得点板など、体育祭で使う道具は結構な数がある。
それら一つ一つが問題なく使えるか確認するついでに、何処に何があるかを分かりやすいように整理するという作業は一人でやるには骨が折れる。
これを一人でやろうとしていたのだから蒼井千冬という女は、案外バカなのかもしれない。
「だからこそ、俺らが手伝わなきゃならんってことだろうよ。蒼井さんは普段から忙しそうにしてるしな」
そう言いながら綱の強度を確かめているのは松井
中学時代は二階の窓から一階へと飛び降りたり、修学旅行でエロビデオを見ようとするくらいにはワルだったらしい。
だが、剣道に出会い改心したらしく。今は黒の剣士になるべく頑張っているらしい。
男子たちからは敬意を込めて、「ニキ」と呼ばれている。
「ふん。僕は別に手伝わなくてもいいんだがね。あの女が苦しもうと知ったことではない!」
そう言いながら眼鏡をクイッと持ち上げる動作をするのは、浜田
一年生の四月からここまで常に学年上位をキープしているめちゃくちゃ頭のいい男だ。
だが、一位にはなれない。そして、一位は蒼井である。
それ故に蒼井を敵視しており、蒼井のライバルを自称している。
「じゃあ、何で手伝いに来たんだよ」
「言い訳をさせないためさ。生徒会が忙しくて成績が落ちました、なんて言われて僕の勝利にケチを付けられたくないからね!」
「勝ってから言ったらどうだ?」
「な、何おう!!」
キャッキャッと楽しそうに会話する三人を横目に、腰を伸ばす。
ずっと中腰で作業してたから腰が痛い。
ここらで少し、休憩。水分があると助かるんだけど。
「お疲れ様」
タイミングよく、横からペットボトルが差し出される。
「お、ありがとな……って蒼井か」
そこにいたのは我らが生徒会長の蒼井だった。
だが、おかしい。今日の放課後、蒼井には花恋と遊びに行ってこいと伝えたはずだ。
「どうしたんだよ。今日は花恋と遊びに行けって言ったろ」
「流石に申し訳ないわ。あなただけならともかく、他にも手伝ってくれる人がいるんでしょ」
「俺だけだったら気にしないのかよ」
「あなたが言ったじゃない。いくらでも酷使してくれって」
「言ったけど……」
クスクスと楽し気に笑う蒼井。
まあ、蒼井に気兼ねなく頼れる奴が出来たと喜ぶべきか。少なくとも、これで仕事ため込んで倒れるなんてことは無くなるだろう。
「とにかく、手伝ってくれる人がいるなら、せめて何かお礼はしたいのよ」
「なら、あっちで頑張ってる三人に声かけてやってくれ。ありがとうの一言だけでいいからよ」
「そうね。少し行ってくるわ。あなたも頑張ってね」
ウインクを一つしてから蒼井は三人の下へ向かっていく。
「「「あ、蒼井さん!? 何故ここに!?」」」
直ぐ後から喜色に満ちた声が聞こえて来た。蒼井の登場はやはりあの三人にとってご褒美になったらしい。
それより、頑張って、ね。どこか含みのある言い方だったことが気になるが、気にせずに作業を続けるか。
そう思いながら目の前に並ぶ棒倒しの棒に手をかける。
「私も手伝うよ、春陽くん!」
不意に耳に飛び込む明るい声。
聞くもの全てを元気にするような声に釣られ、顔を上げるとまばゆい光が俺の目を突き刺した。
「ぐああああ!!」
「は、春陽くん!?」
まるで太陽を直視したかのような目眩が俺を襲う。
くっ! 完全に不意を突かれた。
これで合点がいった。蒼井が言った頑張れの意味とはつまり、超絶可愛い天使を前にして目を焼き殺されないようにね、ということだったんだ!
暫くして、ようやく目が落ち着いて来た。
改めて俺の方を心配そうに見ている花恋に声をかける。
「あー、天使がいるかと思ったら花恋か。驚かせないでくれ」
「もう、大袈裟だって。それより、この棒運ぶんだよね?」
「そうだけど、なんで花恋がここにいるんだ?」
「なんでって、千冬ちゃんを手伝うためだよ! 春陽くんも声かけてくれたらいいのにさ」
「あー、悪い悪い。花恋は啓二とデートの予定があるかと思ってな」
「デ、デートって……も、もう! 啓二とはまだそういう関係じゃないって!」
顔を赤くした花恋が両手をブンブンと振って否定する。可愛い。
「まだ、ね。そういや啓二はどうしたんだ?」
「啓二君ならあっちで千冬ちゃんたちと一緒に作業してるよ」
花恋が指さす先には確かに啓二の姿があった。
インドア派だからか少ししんどそうだ。だから、日頃から運動しとけと言っているのに。
啓二を見ていると、その近くにいた蒼井と目が合った。
蒼井は俺に気付くと、口を動かす。
が ん ば れ。
なるほど。流石は孤高の女王様だ。
民衆の気持ちがよく分かってらっしゃる。
「啓二はいない! つまり、今ここで花恋のナイトは俺だけ! さ、マイラブリープリンセス花恋。あなたのナイトになんなりとご命令を。あなたの為なら蓬莱の玉の枝を取って来ることだってしてみせるぜ!」
「じゃあ、この棒を一緒に運んでもらおうかな」
「この程度の棒マイラブリープリンセス花恋の手を煩わせるまでもない! この俺が一人で担いでみせよう!」
足元に転がる数本の棒を肩に担ぎ、高笑いする。
そして、そのまま駆け出す。
「はっはっは!! 見てくれ花恋! この俺の圧倒的なまでの男らしさを! そして、このパワーを!!」
「あ、うん。相変わらず春陽くんは元気だなぁ」
花恋はそんなことを呟きながら苦笑いを浮かべていた。
これでいい。
花恋の笑顔を見て改めてそう思った。
「皆、お疲れ様。今日は本当にありがとう」
用具の整理が終わり、蒼井が改めて俺たちに感謝の言葉を告げ、頭を下げる。
その後は解散の流れになり、太田、松井、浜田の三人を筆頭に皆で下駄箱へと向かっていく。
花恋はそこが定位置化の様に啓二の横に。そして、俺の横には蒼井が寄ってきていた。
「折角二人きりの時間を作ったのに、あれでよかったの?」
「何言ってんだ? 愛しの花恋にこの俺の男らしさを完璧にアピールできていただろ? これで花恋の中で俺の好感度が上がったに違いない!」
「あなたがそれでいいならいいけど」
気になる言い方するじゃないか。
こいつは誰の味方なんだか。
「いいに決まってるだろ? 花恋への好感度が上がれば、俺と花恋のハッピーラブリーライフはもう直ぐそこだぜ!」
「まあ、そうなるといいわね」
前に視線を向ければ、楽しそうに会話する幼馴染二人の姿。啓二の少し暗めの雰囲気と、花恋の明るい笑顔が対照的ながらもよく似合っている。
蒼井もその姿を見ている。それで尚、俺も応援してくれるのだから、本当に蒼井はいいやつだ。
「さて、じゃあ生徒会室と用具倉庫の鍵くれ」
「どうして?」
「俺が鍵返しとくから」
「それくらい私がやるわよ」
「俺がなんのために蒼井を手伝ったか忘れたのか?」
「えっと、確か花恋のためだったかしら」
「そう! 俺が鍵を返却することで花恋は蒼井と過ごす時間が増えてハッピー! 更に、蒼井が俺のおかげと花恋に伝えれば、花恋の俺への好感度が増えて俺もハッピー! これぞ一石二鳥!」
「でも、あなたは一緒に帰らなくていいの?」
「影で支えてるやつってかっこよくね?」
「そうかしら。私は隣で支えてくれる人の方がいいと思うけど……」
「それは蒼井の考え。花恋と蒼井は別物だぜ!」
ウインクをしてから、鍵を分捕り、さっさと下駄箱へ向かう。
背中から感じる怪訝な視線には気付かないふりをした。
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