第20話
兎に角、落ち着こうとミラにお茶を用意してもらい、テーブルを囲んだ。
―――何故か私だけ、アイザックの膝の上なのだが・・・・
「アイク、これじゃ私が落ち着かないんだけど!」
「いや、いつまた親父が襲い掛かってくるか分からないから、これでいいんだ」
「そうですよ、トリス様。身体を張ってお守りするのが兄様の務めですから」
・・・・え?そうなの?・・・・
当然の様な顔で言ってるけど、何か違うよね?
離してもらうよう訴えてみたけど、頑なに首を縦に振らないのよ。
仕方がないから、アイザックが重くないならいいわ、と話を先に進める事にした。
「カル兄様の好きな人は、侍女のルルーシアよ」
「ルルーシア!?―――・・・・・あぁ・・・」
意外だと驚きに目を見開いていた将軍だったけど、ちょっと考え込んだ後で、妙に納得したように頷いた。
「殿下、この事は我が愛しのフレンは知っているのか?」
将軍の言う『愛しのフレン』とは、奥様であるフレイン公爵夫人の事だ。
将軍は奥様に未だべた惚れで、誰かに紹介する時には必ず『愛しの』を付ける。羨ましいわ。
「えぇ、勿論」
「・・・・・そうか、そうなのか。うん、うん」
将軍は納得した様に、そして嬉しそうに何度も頷いた。
フレン様が知っていて将軍が知らないという事は、多々ある。と言うのも、将軍は腹芸が得意ではないから。
直ぐに、顔と行動に出てしまうのだ。
カル兄様の事はデリケートな事だから、内緒にしていたんでしょうね。・・・・でも、八年も現状維持(?)とは・・・カル兄様、ヘタレなのかしら?
私と将軍で納得していると、ミラが「わかる様に説明してください」と、興味津々で身体を乗り出した。
恋愛事に興味があるのは、年頃の乙女であれば誰でもだろう。例えそれが兄の事であってもだ。
なので、まずは私がカル兄様の想い人を知るきっかけを話した。
「フレン様にバレたのは、まぁ、バレたと言うより、カル兄様がすごくわかりやすかったのよね。だから、いつも一緒に居る私にどう思うか聞いてきたのよ」
カル兄様からはこれといって口止めはされていなかったから、カノープス公爵家で一番の権力者でもある夫人には簡単にゲロッたわよ。
私が言わなくても、薄々は気付いてたみたいだしね。
「所で、ルルーは結婚してないわよね?」
「あぁ。変わらず愛しのフレンの元に居る」
「親父、さっき一人で何やら納得してただろ?それも兄貴とルルーシアの事なんだろ?」
それは私も聞きたいわ!あの、フレン様だもの。裏で何やら画策してるんだろうなとは思っているからね。
フレン様は元々、将軍の部下であり参謀だったのよ。
腕っぷしも強かったんだけど、それ以上に頭が良かったの。
昔は、デルーカ帝国の近隣国が帝国を狙って何度か小競り合いが起きていたらしいの。
それを見事に治める案を展開させたのが、フレン様よ。
彼女は平民出身だったんだけど、この戦の褒美として準貴族でもある騎士爵を授かったの。
将軍と結婚した後はその頭脳を活かし、公爵家の実質的なお仕事を夫人がしているのよ。
何事にも緻密で隙が無いフレン様。ルルーの事も気に入っていたから、絶対にカル兄様と結婚させると思っていたんだけどな・・・
「ルルーシアは今、パメラの補佐として働いている」
パメラとはフレン様の側近で、秘書のような仕事をしている。のような・・・とは、彼女の仕事があまりに多岐にわたるから一概にナニとは言えないのだ。
正直、私が理想とする側近でもあるのよ!彼女みたいな人が側に居てくれたら、どれだけ仕事がはかどるか・・・
でも、確かに一人で裁ける量ではないのよね。それを涼しい顔でこなしちゃうんだから、尊敬以外ないわ。
そんな彼女の補佐をさせているなんて・・・・
「つまり、カル兄様の妻としての修行中ということかしら?」
「十中八九そうでしょう。カルビンも政務に携わってきているし、パメラの仕事を覚えれば次期公爵夫人として誰も何も言えんでしょう」
たしかに・・・・でも・・・
「じゃあ、なんで八年も何もなかったのかしら?婚約でもいいから、していた方が良かったのではない?」
「・・・・恐らくなんだが、ルルーシアの両親が影響しているのかもしれませんな」
「ご両親は確かもう・・・」
「彼女が十才の時に病で立て続けに亡くなっている。彼女はアルンゼン国出身なのですよ」
先日まで滞在していた国。何となく、彼女を取り巻く環境が分かってきた気がする。
「ルルーシアの家族は、アルンゼン国内でも結構底辺の生活をしていたようで、我が帝国の知り合いを頼ってこちらに移住してきたのです」
私の脳裏に、別れてきたばかりの神官のアリソンや平民街のお店の人達の顔が過る。
「あの国は、平民には夢も希望もない国だから・・・」
これから変わるとは言っても、ルルーのいた時代はかなり辛かったのではないかと思うわ。
「幼い頃に植え付けられた選民意識が、色んな意味で障害になっているのね」
平民が小公爵と結婚なんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと、彼女の根底にあるのだろう。
それをひっくり返していくのに、これだけの年数が掛かったのかもしれない。
「まずは、ルルーに自信を持たせる事からなのかしらね。―――でも・・・」
カル兄様はちゃんとルルーを、支えてあげたのかしら?
「カル兄様は、ルルーに気持ちをちゃんと伝えているのかな?」
愛しているのだと。自分の妻にしたいのだと、一度でも伝えたのかな?
でないと、きっとルルーは真面目だから、本当に公爵家の為のスキルアップだと思って、結婚なんて全く考えないと思うわ。
私の疑問に当然ながら答えられる人は此処には居ない。
「あのカルビン兄様ですものね。恐らく言葉では伝えていないでしょうね」
熊の様な外見で全ての令嬢に敬遠されていますからね、とミラ。
「・・・・確かに、言葉で伝える事は、大事だな・・・」
何か考え込む様に呟くアイザック。
「うむ・・・そこら辺は、俺に似なかったんだな・・・」
と将軍。ちなみに将軍は押しに押しまくってフレン様を落としたのだそうだ。
「ならば、こうはしてはおれん!殿下、せっかくお会いできて嬉しかったが、明日には帰国して、カルビンの尻を叩かねば。一日でも早く孫の顔をみたいのでな!」
そう言って、豪快に笑う将軍に「ほどほどにね」と、釘を刺すミラ。
確かに、下手すれば付き合う前に関係が拗れそうなんだもの。
大好きな二人が一緒になれればいいな、なんて考えていて、アイザックがじっとこちらを見ている事に私は気付かなかった。
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