第19話

「アイザック、結婚しろ」

「はぁ?嫌に決まってるだろ」

「何故だ?まだ相手の事も話していないだろ?」

「俺は自分が選んだ相手と結婚する。誰とも分からない人間と結婚なんて、御免だ」

「そんな事は言わず、会うだけ会ってみたらいいだろ?」

「親父、うち公爵家は結婚に関しては、自由だったよな?」

「まぁ、そうだな」

「兄貴にはいまだに婚約者すらいないのに、なんで俺が結婚しなきゃなんないんだ!」

「決まってるだろ。それは、お前がヘタレだからだ」

「・・・・・・・・・」


親子のスキンシップを少しハラハラした面持ちで見ていたのだが、アイザックの兄であるカルビンがいまだに独身だと聞いて、その後の会話を聞いてはいなかった私は、驚きのあまり声をあげてしまった。

「カル兄様、まだ婚約者もいなかったの!?あんなに素敵なのに!」

シーンとしていた室内に、私の声が響いた。

え?何で静かになってるの?

静まりかえったタイミングで叫んでしまったわ!!いやだ、恥ずかしい!!

「突っ込むトコは、そこですか?」

ミラが呆れたように私を見る。

あまりのタイミングの悪さにあたふたしていると、アイザックは何処か怒ったような表情をし、カノープス将軍に至っては意外そうな、そして面白そうな笑みを浮かべた。

「いやぁ。驚きですな。殿下にはカルビンが素敵に見えるとは。私に似て、身体はでかいし大男なのですよ。そこら辺の貴族令嬢にはいつも遠巻きにされているというのに」

「え?とっても素敵じゃない?紳士的だし優しいし、何よりも強いし」

昔、デルーカ帝国に遊びに行った時(一応、親善国訪問ね)アイザックやミラもそうだったけど、カル兄様が一番強くて力持ちで、誰よりも優しかった。

外見が父親似でちょっと・・・いや、かなりごっつくて熊男のようだが、よく見れば顔だって可愛らしいし。

笑った時のくしゃっとなる顔が大好きで、幼い頃はカル兄様の後ばかりついていった記憶がある。

当然の事だが帝国は遠いので、そう頻繁に訪れることは出来なかったが、アイザックとミラが私の元に来てからも、一、二年に一度は訪れる位は訪問しているのよ。


「あれ?でも、カル兄様には想い人がいたのでは?」


その言葉に食らいついたのは、意外にも父親である将軍だった。

「何!?カルビンに好きな女がいるのか!?」

そしてアイザックとミラも青天の霹靂みたいな顔をしている。

皆の表情から「え?あんなにわかりやすいのに・・・みんな、気付いてなかった?」と思ったけど、私がカル兄様の想い人に気付いたのが十二才頃だった気がするから・・・あれから八年も進展がないの!?そっちの方が驚きだわ。


私が、カル兄様の想い人に気付いたのも、本当に偶然だった。

デルーカ帝国へ遊びに(親善国訪問だってば!)行くたび、私はカル兄様に剣の稽古をつけてもらっていたの。

その日もいつもの様に稽古をつけてもらって、部屋へ戻ろうとして庭を抜けて近道をしようとした時。

背の低い生垣に、何やら大きな生き物を見つけたの。一瞬「熊!?」と思ったらカル兄様だったのよ。

大きな身体を縮こませ、何かを一生懸命見ている。

カル兄様が見ている方へと視線を向けると、其処には侍女のルルーシアが花を摘んでいるのが見えたの。

ルルーシアは私達シュルファ国の人間をお世話をしてくれている侍女で、普段は公爵夫人に付いている。

年は確かカル兄様と同じで、黙っていればきつめな感じの容姿をしているけれど、夏の森の様な濃い緑色の瞳が特徴の、どちらかと言えば美人さんである。

茶色い髪をきちっと後ろに纏めお団子にしており、皺など一切ないピシッとしたお仕着せに身を包み、いつもきびきび働いている。

第一印象は、真面目で融通の利かない怖い感じの侍女・・・だったのだが、付き合っていくうちに彼女がとても気が利いて優しい人だという事がわかって、とても大好きになったの。

私は「ルルー」と呼んでいて、使用人の中で一番の仲良しになったのよ。

だから、カル兄様がルルーを好きだと知って、嬉しかったのを覚えている。

でも、あれから何の進展も無かったの?ルルー、結婚しちゃったんじゃない?


そんな事を考えていると、カノープス将軍が我慢できないとばかりに詰め寄ってきた。

「殿下!カルビンの好きな女とは、一体誰なんだ!?教えてくれ!」

「いいですけど・・・かなりわかりやすかったと思うんだけど、本当に気付いてないんですか?」

「全く!」

「アイクとミラも?」

「俺も気付かなかったな」

「私もです。基本私と兄様はトリス様しか見てませんから」

「・・・・そう、ありがとう」

思わず照れていると、業を煮やした将軍が私の両肩を掴みガクガク揺らしながら「一体、誰なんだ!?」と叫んだ。

「あわわわ!しょ・・・将軍・・・・ちょっと・・まって・・」

目が回るわ!ぎゃぁぁ!

悲鳴すら出てこなくてされるがままにガクガクされていると、アイザックに身体ごと引っ張られ、抱きしめられた。

「親父!ビーが壊れるだろ!一応、王女殿下なんだから、不敬にあたるぞ!」

助け出されたはいいが、今度はアイザックにぎゅうぎゅうと抱きしめられ、苦しい。

それに、ってなによ、って!

「兄様、トリス様が死んでしまいますわ。それと話が全く進みませんので、皆様落ち着いてください」

ミラの至極冷静な指摘に、将軍はシュンとし、アイザックは抱きしめる腕は緩めてくれたが、離してはくれなくてそのままの態勢で話を進めることになった。

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