第15話 多視点

「この求婚の所為で、我が国はシュルファ国どころか、二大帝国にも目を付けられました」

言わずもがな、クレーテ帝国とデルーカ帝国の事。

「殿下との婚姻から半年。国境沿いにはシュルファ国とクレーテ帝国の軍が常駐しており、殿下に何かあればすぐさま攻め込まれる状況にあります」

その言葉に顔色を失くしたのが、この原因を作ったアルフ。


アルフの思いは、至極単純なものだった。

なのに、自分が思い描いていた通りに進んでいたと思っていたのに、初めから全く違う方向へと進んでいたのだなんて。

アルフの誤算は、ベアトリスが普通の貴族令嬢の様に自分の意見を言う事がない、深窓の令嬢だと思い込んでいた事だった。

そんな事などあり得ない。何故なら、彼女はシュルファ国のなのだから。


「そして今回のカレン・サットンによる窃盗事件」

ブラッドリーのその言葉に、これまで大人しかったカレンが不満とばかりに声を上げた。

「公爵様!私は盗んだりしていません!」

「カレン・サットン。貴女が盗品でその身を飾っている時点で、当事者なのですよ」

「っ!でも、私は指示していません!」

「指示していようがいまいが、関係ないのです。貴女が侍女からそれらを何の確認もせず受け取った時点で、同罪なのですから」

その言葉に、力なく座り込むカレンに、誰一人として同情する者はいない。

なぜなら、此処に居る者達全てが当事者なのだから。


「我々はシュルファ国どころか二大帝国をも敵に回してしまったも同然の状況です。それを回避するには何らかの代償を払わねばなりません」

ブラッドリーの言葉に、誰も反論する者はいない。

「その代償に関しては、被害者でもあるベアトリス殿下が望むものとします」

彼の言葉に頷き、ベアトリスが立ち上がった。そして、改めて会場を見渡す。

彼等の表情は、まるで屍の様に生気がない。

だが同情の余地は全くない。彼女は、自国で求婚の書状を読んだ時を、最近親しくしている町民たちの暗く沈んだ表情を思い出し、腹に力を込めた。


「ダリウス国王には速やかに退位して頂き、ブラッドリー王弟へと王位を譲っていただきます。その際、側近達の罷免を要求します。また、本来使用人達を管理指導する立場の人間が、それを怠るどころか一緒になって犯罪に手を染めた事は、この国の品位を貶めるもの。総入れ替えをも要求します」


まるで歌う様に澄んだ声で、高らかと宣言するその言葉は、この場に居る者達を簡単に奈落の底へと突き落とした。

状況が読み込めた者達から順に、うめき声のような物が漏れるが、それ以上言葉を発する者はいない。

そんな彼等にベアトリスは言葉を続ける。


「あなた達はこの国の現状をちゃんと見ていますか?この格差社会で、どれだけの優秀な人材が打ち捨てられている事か。貴族と言うだけで無能な輩が威張り散らし、誰よりも優秀である人達が平民だから、下位貴族だからと無視される。まるでこの状況、そのものではありませんか。このままでは、遠からずこの国も同じように崩壊する事でしょう」


彼女の言葉にダリウスは、王太子だった時の事を思い出す。

ブラッドリーがまだ王宮に住んでいた頃、彼は同じような事を何度も自分に訴えかけていた。

自分も一朝一夕でできる事ではなくとも、何とかしなくてはとは、思っていたのだ。

だが気付けば、ブラッドリーは何も言わず領地へと引っ込み、苦言を呈してくれていた重鎮も一人また一人と辞めていった。

そこで、はたと気付く。「・・・ま、まさか・・・」その先は言葉にならなかった。

これほどまでの裏切りはあるのだろうか。そして、それに気づかずのうのうとしていた自分とは・・・・

「兄上の考えている通りです。この国を憂い苦言を呈していた者達は、全て私の元におります。これもまた、兄上がアルフ・サットンの言葉を何の疑いもなく受け入れていた結果です」

「彼等は自ら辞めたのだと聞いていた。それが、全て嘘だったのか・・・」

「いくら親しくとも、納得できない事は多々ある筈です。そこで意見を言い合い、確かめる。それは大切な事だと思うのですが、兄上とアルフ・サットンとの間には、だだただ無条件で相手を受け入れるだけだったようですね。彼のしてきた事は、表面上は兄上の為にと言いながら、全てはサットン兄妹の為だけだったのに」


『サットン兄妹の為だけ』その言葉が、ダリウスの心に刺さる。

これまでの事が、全てが、誰の為でもなくアルフとカレンだけの為。―――虚しさがダリウスの胸を蝕んでいった。


「本来、王とは国民を守る為に存在すると私は思うのです。ですが、今の兄上を見ていると、影の国王はアルフで兄上は傀儡のようにしか見えません」

「・・・あぁ・・・ブラッドの言う通りだ・・・」

ダリウスからはもう、それ以上言葉は出る事は無かった。


「アルフ・サットン、貴方も間違えたのです。貴方の妹は病弱ではありません」

ブラッドリーの言葉に「・・・え?」と、何を言われているのか分からない顔のアルフ。

「彼女は健康体です」

思っても見ない言葉だが、既にカレンの事を手放しで信じる事が出来ない彼。

それを物語るかのように、彼女を庇いたいが言葉が続かないでいる。

「カレンは時折発作を起こして倒れて・・・・」

「あぁ、それは全力で走っているからですよ」

「え?走る?何を・・・・」

直ぐに具合が悪くなり倒れてしまう妹が、走っている?何を言って・・・

アルフだけではなく、ダリウスも驚きカレンを凝視している。

「彼女が城内の廊下や庭を全力疾走している所は、前々からメイド達に目撃されていました。走ったその先には必ず兄上と貴方がいたと言います」

「そ、それはカレンを良く思わない人間が嘘を広めたのだ!」

「いいえ。メイド達は城内に噂は広げませんでしたよ。カレンの後ろには貴方が居るので、下手をすれば仕事をクビになってしまいますからね。ですが既に、この噂は城外にまで広がっています」

「城外?」

みるみるカレンの顔色が悪くなっていく。

「えぇ、彼女が走っている所を目撃したのが、城に商品を納めに来ていた城外の人間だったのですから」

カレンは色んな意味で有名だった。国王に最も近しい女性なのに、病弱であるがゆえに妃になれない悲劇の令嬢、と。

それが嘘だと、バレた。それは、本人たちが考えている以上に、センセーショナルに国内を駆け巡っていた。

「そ、んな・・・でも、我々にはそんな話は一つも・・・・」

「噂と言うものは、その中心にいる者達の耳には、中々届かないものなのですよ」


ブラットリーの口元は笑みを浮かべているが、その目は決して笑ってはいなかった。

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