第13話

我がシュルファ国の紋章は真っ赤な牡丹ピオニーだ。

元々、わが国では見た目の鮮やかさや豪華さが好まれ栽培されており、薬としても使われていたので国花としてもお馴染み。

国を挙げてのお祭りの時には、その花びらを撒いて町中を色鮮やかに染め上げてくれる。

そして、クレーテ帝国の紋章は薔薇である。しかも白や赤ではなく、青い薔薇。

青薔薇はクレーテ帝国の皇城の庭にしか咲かず、国宝級扱いされており門外不出なのだ。

幻の花とも言われており、それは国花にも掲げられている。


クレーテ帝国から贈られてくる物には全て両国の紋章が刻まれている。

ドレスなど身に着ける物には、刺繍だったり生地に織り込んだり、ボタンなどの装飾品には刻まれている事が多い。

この度のドレスは、釦に刻まれていたのだ。


ドレスを盗んだ者は当然だが、盗んだ物を平気で着ているカレンもそこまでは気にも留めていなかったのだろう。

カレンの場合は一般常識がないから、何も気にしていないんだろうけど。

恐らく何が起きているのかいまだに理解していないカレンとは対照的に、国王と宰相、そして侍従長達は絶望的な表情をしている。

侍女達に至っては、気を失って倒れている者すらいた。

そんな奴らはそのまま放置。気絶したって逃げる事は出来ないんだからね。


「盗まれた物はドレスだけではありませんの。デルーカ帝国皇后陛下より頂いたネックレスも無くなっているのです。・・・あら?」

わざとらしく今気づいたかの様に、カレンの首元を見つめる。

カレン以外の人間は『まさか・・・』と言う表情で彼女の首元に注目した。


其処には派手な装飾はされてはいないが、親指大のマーキズ・カットされたルビーがぶら下がっていた。

宝石が納まっている台座はシルバーで、チェーンを通す部分にはサファイアでアイリスが模られている。


「アイリスはデルーカ帝国の国花でもあり、紋章でもあるんですのよ」


本当はカレンを見た時に直ぐに目に付いたのが、ネックレスだった。

その大きさや輝きは、私が身に着けている国宝のルビー『赤龍の涙』に引けをとらない物だから。

元々、デルーカ帝国は鉱山が多く多様な宝石が産出されており、『赤龍の涙』の故郷はデルーカ帝国なのだ。


私の一言で、国王は片手で顔を覆い、兄であるアルフは椅子から腰を浮かせカレンの着けているネックレスを凝視し、絶望的な顔で椅子に沈んだ。

そして「カレン・・・そのネックレスは、どうしたんだ?」と、力なく問いかけた。

このなんとも言えない空気を全く感じていないのか、彼女は嬉しそうに「頂いたんです!」と答えた。

「そのドレスをくれた人と、同じか?」

「いいえ」

「お礼を言わないといけないから、誰から貰ったのか教えてくれないか?」

「えぇ!勿論!」

そう言って上げていった名前は、私付きの侍女達とカレン付きの侍女数名だった。

「その人達からは、ネックレスとドレスだけを貰ったのかい?」

「いいえ、髪飾りやピアス・・・これ以外のドレスもくれたのよ。みんな、綺麗なのよ!」


カレンの言葉に、誰もが戦慄する。・・・・これほどまでに、常識が無かったのか、と。

彼女が口を開くたび、周りの人間を容赦なく不幸にしていく。当人は幸せそうな笑顔を振りまいているのに。


私はアイザックに合図を送った。

彼は頷き、近くに居た騎士に指示を出した。当然、騎士もアイザックの部下だ。

「すぐさまカレン伯爵令嬢の部屋へ行き、ベアトリス様の部屋から盗まれた物があるかミラと共に確認してくるように」

「はっ」

「承知しました」

ミラと数人の騎士が食堂を出ていった。

当然、それを見たカレンが騒ぎ出す。

「私の部屋で何をしようとしているの!?勝手に入らないで!!」

彼等の後を追おうとするカレンを、アルフが止めた。

「カレン、止めろ!・・・・もう、止めてくれ・・・」

「お兄様?だって・・・」

「カレン、今お前が身に着けている物は、全て盗品だ」

「盗品?」

「そうだ。ベアトリス殿下の部屋より盗まれた物だ」

「え?私に気のある貴族がくれたんじゃないの?だって、ドローレス達が言っていたもの」

ドローレスとはカレン付きの侍女で、先ほどカレンが名前を挙げた中で一番最初に出てきた人物。カレンに傾倒していた人間の一人でもある。

「サットン伯爵令嬢は信頼しているからと、一介の侍女が買えるはずもない高価なドレスや宝石を貴女に渡しても、何の疑いも持たなかったのですか?」

「だ・・・だって、貰いものだって・・・」

「誰からなのかも追及しなかったのですか?」

「・・・・だって、だって・・・」

味方である兄から事実を明かされ、常識的な事を私から詰問され、ようやくただ事ではないと感じてきたようだ。


「信頼しているからと言って、それは全て正義だとは限らないのですよ」


そう言って私が入り口に目を向けると、ゆっくりと扉が開く。

そしてそこには最後のカードとなる、ダリウス国王の弟でもあるブラッドリー・シュナイダー公爵が立っていた。

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