第8話


この国に来てから五ヶ月が経った。

アルフ・サットンと愉快な仲間達は相変わらずで、私に対しての嫌がらせに磨きがかかってきている。

でも、クルス兄妹のおかげで嫌がらせに苦する事無く、普通に生活できている事は感謝しかない。

夫である国王に会う事が出来ないのは相変わらずだが・・・・


カレンに対しての噂も確実に城外へと広まってはいるものの、未だに当人たちの耳には入っていない。

此処まで来れば、まるで誰かが彼等の周りに結界でも張っているのではと思ってしまう。

噂もある一定の人間までで、その先には届いていないのだ。

「誰かが意図して・・・とめてるのかな?」

チラリと向かいに座るクルス兄妹に視線を向けてみた。

この部屋にはミラとアイザックしかいない。基本、この国の人間はこの部屋には立ち入らない。というか、堂々と職務放棄しているからね。

三人でお茶を飲みながら、半年まで残り一月ひとつきとなったため、情報の共有と離縁計画の確認をしていたのだが・・・

私の視線から不自然に目を逸らす、兄妹。

まぁ、彼等に噂を届かないようにする事は、きっと大変だろうなとは思うわ。

「アイク、根回しが大変だったでしょ?」

「・・・ビーにはやっぱりばれちゃうか。噂に関してはそうでもないさ。彼等の周りの人間を掌握すればいいだけの話だしね」

さらりととんでもない事を言ってのけるアイザックに思わず「うげっ・・」と呻いてしまったのはしょうがないと思うわ。

だって、あっさりと他国の人間を、しかも城内の人達を支配する手前の事をしちゃってるんだもの。―――いや『掌握』と言っていたから・・・・

「ま・・・まぁ、私は離縁できて奴らにやり返せればそれでいいんだけど・・・」

「下級使用人達も我らに協力をしてくれるようですから、ご安心を」

「そう、良かったわ。問題はどうやって国王に会うかよね」

兎に角、彼の周りのガードが堅い。無理をすればそれを突破する事は可能だ。

だって私は国王の次に権力がある王妃なのだから。

アルフが私より権力を翳す事がおかしいのよ。それにすら気付かない国王は、本当に何を考えているんだか。

結婚して半年近くも顔を合わせる事の無い異常さを、なんとも思わないのか・・・・

こちらは色々アクションは起こしている。表立っての、だが。

国王が何を考え何をしたいのかがさっぱり分からない。

ならば彼の事は無視してしまおうと思う。諜報部からの情報でも、執務に忙殺され、空いた時間にはカレンと会っているようだから。


「さて、首尾はどうなっているかしら?」

「はい。先ほども言いましたが、下級使用人はこちらに付いてくれました。―――この国の貴族は、もう駄目ですね。あまりに平民や下級貴族を蔑ろにしすぎている」

「まぁ、世界的に見てこの国は選民意識の所為で貧富の差が酷いですからね」

初日に調理場に乗り込んだ時の、彼等の表情が忘れられない。

貴族に怯え、私が乗り込んだ時には『またか』と言う表情で、目に生気が無かった。

「彼等の立場も何とかしないといけないわね」

美味しい食事を作ってくれている彼等が、この先も辛い思いしながら仕事をしなくてもいい様に。

料理人だけではない。平民、下級貴族が働いている職場でも皆同じだ。

口先だけの貴族上司に、皆が苦しんでいた。

平民だろうと何だろうと、優秀な人材は何処の国でも貴重なのに、この国では見向きもされない。

「それもこれも、古き忌まわしい考え方なんだろうけど、その所為で冷遇されてきたサットン兄妹が先頭を切って彼等を虐げるなんてね」

自分が酷い目に遭う原因を改善しようとするのが、本来やるべき事なのではないかと思う。それが出来る立場に就いているのだがら。

でも実際、権力を手にしてみれば自分達を馬鹿にしていた奴らが、目の前で平伏していく。面白かったでしょうね。

だからこそ何の対策も取らず、平然と国民を虐げるアルフ・サットン。仕方ないわよね。自分達の事しか考えていないんだから。



「あの人達は幼馴染なのよね?」

「えぇ。お互いに信頼し合っているようです」

「だからこそ、こんな事態になったんでしょうね・・・」

国王が宰相となったアルフを手放しで信用しているから、それを逆手に取って彼は好き放題しているのだろう。

この婚姻に際し、彼が脅迫してきたのだと言う事実を国王に訴えた所で、信じてもらえるかどうかも怪しい気がする。

この半年間、会う事も叶わないのも、きっといい様に言い含めてられるのかもしれない。

普通なら疑問に思う事も『彼の言う事なら』と、あっさり信じているのだろう。

それを考えると「信頼を利用するなんて、怖いわね・・・」と、思わず言葉に出てしまう。

「そうですね。しかもそれが国王の為と見せかけて、全て妹の為なのですから」

ミラも呆れた様な表情で同調する。

「その妹はどうしているのかしら?」

この国に嫁いで来た当初は、絶対私に突っかかってくるだろうと思っていた。

そんな期待は大いに外れ、小心者なのか、はたまた単に卑怯者なだけなのか、私の前には出てこないくせに、裏ではコソコソと他人を使って嫌がらせを仕掛けてくる始末。

虚弱体質を盾に同情を買い、自分の手を汚さない環境を作るなんて、流石兄妹だと思ったわ。

「妹カレンは変わらず、我侭放題振る舞っているようです。先日、偶然廊下で彼女と会う事があったのですが・・・」

「えぇ!アイク、彼女と会ったの?私ですらサシで会った事無いのに!」

「何を羨ましそうに・・・彼女は男とみると、目の前で倒れ込む病にでも侵されているんじゃないんですか?」

「あらあら・・・国王と兄の前だけじゃなかったんだ!彼女、走ってなかった?」

興味津々で聞けば、うんざりした様に「そこまでは見てませんが、肩で息してました」と、忌々し気に顔を歪めた。

「で、どうしたの?助けてあげた?」

「まさか。あの妄想女、ひとおもいに殺してしまおうかと思いましたね」


その時の事を思い出したのか、アイザックの綺麗な顔がグッと歪んだ。

「あっ、その件は既に使用人達の間ではトリス様を抜いて今一番の話題となってます!」

ミラが嬉々として手を叩いた。


「勇者アイザック降臨って!」

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