約束
12年前
斎藤家と、一年前に向かいに越してきた葛西家は、斎藤家の長男隼瀬と葛西家長女冬未の歳が全くの同じという事もあって、家族ぐるみの付き合いとなっていた。
当時、中学生で遊びたい盛であったはずの暁美も、よく隼瀬や冬未の面倒を嫌な顔一つせずにやってくれるので、互いの両親から心配される事もあったが、その実、大人達も暁美にはかなり助けられており頭が上がらない。
そして、その日も暁美の監督の下、冬未は斎藤家で隼瀬と遊んでいた。
「ふうたん、おままごとしよー」
出会った頃、冬未が隼瀬に「ふぅちゃんって呼んでね」と言ったところ、舌っ足らずだった隼瀬が「ふうたん」と言ったのを、冬未が案外気に入って、「ふぅちゃん」と隼瀬がちゃんと言えるようになってからも、そう呼ばせている。
また、同じような理由で冬未も、隼瀬の事を「はあたん」と呼んでおり、そんな二人に周りの大人は萌えまくりだという。
「えー、わたし、おそとであそびちゃあ」
「じゃあ、おそとでおままごと!」
そこで、そんな二人の会話を聞いていた暁美が口を挟む。
「今日は雨降りそうだけん、お外はダメよ」
「えー、おねえちゃんがいっしょならよかど(いいでしょ)!」
「ダメよ、冬未ちゃん。あんた、泥んこ遊びとかするつもりだろ?隼瀬は男の子なんだけんね。怪我でもしたら大変たい」
「おねえちゃんは、おとこのこだけんてはあたんにかほごすぎばい」
「あんたの遊び方が激しすぎるとたい。それに、私にとったら隼瀬も冬未ちゃんもだいじな弟で妹だけん、心配して言いよっと」
「むぅ!」
不満げな顔をする冬未に、なんとか機嫌を直してもらおうと、隼瀬がフォローする。
「ふうたん、ねえねの言うとおりばん」
「僕、ふうたんといっしょにおるだけで楽しいけん、だけんね、あんね・・・・・・」
一生懸命、諭す隼瀬が可愛く思えて、冬未と暁美はクスッと笑みを零す。
「ふうたん、わろとっときがいちばんかわいかね!」
「隼瀬・・・」
ナチュラルにそんな事を言う隼瀬に、冬未より暁美の方が赤面してしまう。
「ったく、最近の幼稚園児ときたら」
何しろ、年頃で彼氏もできた事のない暁美に見せつけるようにこの二人はいちゃいちゃして、その度暁美の胸には何か突き刺さるものがある。その刺さる理由はそれだけではないのかもしれないが。
「はあたん、じゃあおままごとしよか」
「うん!あ、これだいほんね!ふうたんはおかあさんで、僕がおむこさん!ねえねは、いじわるなしゅうとさん!」
「最近の幼稚園児はほんなこて(本当に)・・・・・・って、私も入っとっと?!」
「その方が、ものがたりのもりあがるでしょ!」
最近の幼稚園児のマセ具合に若干の恐怖を覚え、二の句が告げない暁美。とまあ、隼瀬の台本通りにお母さん役の冬未が帰ってくるところから芝居は始まる。
※現実世界の男女逆のイメージで御覧ください。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい、あなた。お義父さんがいらしてますよ」
「父さんが?なんで?」
「さあ・・・急に来られたので・・・・・・」
「遅かったね、冬未。(あんた達うますぎ・・・隼瀬、「お義父さん」なんて漢字でかけんくせに、私もばってん・・・・・・)」
園児二人の演技力に驚きつつ、あくまで平静を保つ『いじわるなしゅうとさん』役の暁美。
「父さん、来るなら電話くらいしてよ。隼瀬も急に来たら困るたい」
「婿なら、舅がいきなり来たっちゃ対応できるくらいじゃなかとでけん」
「はい、お義父さんのおっしゃる通りです・・・・・・」
『あぁ、ちょっと力入りすぎたかな、隼瀬、泣きそう・・・ごめんね・・・・・・』
だがそれも隼瀬の演技である事を、暁美は知らない。
「隼瀬。何かあったら私に言うとよ」
冬未は勿論知っているので、構わず芝居を続ける。
「大丈夫だよ」
「・・・・・・で、父さん。何しに来たと?」
「隼瀬くんが、ちゃんと婿としてやっとるか見に来たったい。ほしたら、なんねこれは」
暁美が指でホコリを拭う仕草をして、それを婿役の隼瀬に見せつける。
「そ、それは・・・・・・」
芝居に熱が入ってきた暁美が、更に追求する。
「それに、あの台所!なんです、あの食器の山は?」
と、ここで演出通りに隼瀬が泣き出す・・・・・・が、そんな演出を知らない暁美は、ふと我に返って隼瀬を抱きしめる。
「隼瀬・・・ごめんね、お姉ちゃん怖かったね」
「・・・・・・?ねえね、ここで僕が泣いて、ふうたんとねえねがけんかするシーンよ?」
「おねえちゃん、はあたんが泣くとダメだんね」
「え?でも、隼瀬、本当に泣いて・・・・・・」
「なみだはほんもんの方がえになるでしょ!」
「あんた達ゃほんなこて・・・・・・もっと穏やかな話にせんね」
「えー、それじゃありありてぃがにゃあもん」
弟のおままごとにかける情熱に感服する暁美。隼瀬が書いた台本に目を通す。
「えーと、泣いた隼瀬ば冬未ちゃんが抱きしめて・・・・・・く、くちづけて・・・・・って・・・・・・うええええええええええええええええええええ?!」
どうやら、自分が思っていたより数倍も弟達は先に進んでいて、姉としてはショックを隠しきれない。
「ちょ、ちゅーとか私だってまだてから・・・・・・」
「はあたんね、ちゅーするとお顔あかくなって、可愛くなっとばい」
「だ、だってぇ・・・・・・」
もう、色々と驚きすぎて、何も話さなくなる暁美をよそに、隼瀬と冬未は何か甘い雰囲気を纏わせて会話を続ける。
「ふうたん、だいすきだけん・・・だいすきなふうたんにちゅーされたら・・・・・・」
「はあたんかわいい!」
もじもじと恥ずかしそうに話す隼瀬を、冬未がガバッと抱きしめる。
「はずかしいよふうたん、あのね、僕ね、ふうたんのことだいすきだけんね・・・あのね・・・・・・おっきくなったらね・・・・・・僕ばふうたんのおむこさんにしてください・・・・・・!」
『いっちゃった!』と、一人ではわはわする隼瀬。それ以上に暁美の方がはわはわしており、はわはわ姉弟である。
「はあたん・・・・・・うん!ぜったい!おむこさんにしてやる!やくそく!ゆびきりげんまん・・・・・・・」
現在
「あのときはまだ子供だったけん何かふわっとしとったばってん、今は本気で言える・・・・・・」
すぅーっと一回、深呼吸をして、恵美や周りの少女達に宣言するように隼瀬は大声で冬未に伝える。
「冬未!僕と正式に付き合ってください!そして卒業したら、僕をお婿さんにしてください!」
「約束・・・でしょ?はあたん」
一瞬の間を置いて、轟くような少女達の歓声と、祝福の拍手が二人に向けて送られる。
「おめでとう!」
「冬未、幸せにしてやれよ!」
「逆プロポーズ!あん子、可愛い顔してやるぅ!」
「見せつけやがって!」
「末永く爆発しろ!」
後半から若干おかしい。そして、散々隼瀬との思い出話を冬未に聞かされた恵美もまた2人を祝福する。
「冬未、先に言われちゃったか。ねえ、隼瀬ちゃん。冬未に何かされたら、私に言うてよ。ガツンとやってやるけん!」
そう言って、自分の連絡先を渡してくる恵美に微苦笑しつつ、本当に良い人だなとしみじみ感じる隼瀬。
「恵美さん、ありがとう」
「さん付けなんていらんよ。同い年でしょ」
「うん!ありがとう、恵美ちゃん」
その、隼瀬の純粋な笑顔を見た恵美はまたドキッとしてしまう。
「やっぱ手ぇ出しちゃうかも」
「恵美・・・・・・?」
「冗談よ冗談。冬未怖い!」
初めて見るような、正に鬼の形相で詰め寄ってくる冬未に怯え、恵美は今後、隼瀬絡みで余計な事は言わないでおこうと心に留めおくのだった。
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