盛大に何も始まらない。

フィガレット

盛大に何も始まらない。

 私はいつもの様にいつもの時間に起き、仕事へ出かける準備をする。

 歳は25歳。自転車で通勤可能な近場で医療事務の仕事をしている。

 毎日同じ事の繰り返し。一人暮らし、独身。

 趣味はソシャゲと某アイドルグループの追っかけ。

 追っかけと言うほどディープでもない。

 たまにライブに行き、SNS等の定期配信を見てイケメン成分を補充する程度。


 しかしこの日はいつもとは少し違った。


 まず日課で見ているテレビの、今日の占いが1位だった。


 少し気分がいい。

 朝ご飯に食パンと目玉焼きを食べる。

 メイクも済ませいつもの通り部屋を出る。


 すると・・・とてもいい天気。


 ちょっと気分がいい。

 部屋に鍵を閉める。そして自転車に乗りいつもの様に出勤。


 そう。私は油断していたのだ。

 曲がり角をいつもなら慎重に曲がるのに勢いよく飛び出してしまったのだ。

 視界が悪いこの交差点は非常に事故が多い。

 角を曲がり視野が広がる。


・・・


 そこにはトラックはおろか人っ子一人いなかった。


 危ない所だった。

 トラックでも来てたら危うく異世界転生してしまう所だった。

 見通しの悪い交差点は慎重に曲がらなければ。

 明日から気をつけよう。


 いつもすれ違う犬を連れた同じ歳くらいの男性が前からやって来る。


 平日の朝なのになぜ犬の散歩なんてしているんだろう。

 仕事はしていないのだろうか。

 何もなく挨拶すら無くすれ違う。


 信号待ち。

 目の前を赤い車が5台連続で通り過ぎる。

 珍しい。だからって何かが起こるわけでも無い。


 ほどなく職場に着く。いつもの様に仕事をこなす。

 いつも通り仕事が終わる。


 帰りにコンビニでお弁当を買う。

 電子マネーで支払う。


 そこでふと気づく。

 そう言えばいつも現金で払うより時間が掛かっている気がする。

 この電子マネーシステムで一体誰が得をするのだろう?


 この日は特に酷かった・・・。


 まず電子マネーのカードを探すのに戸惑う。

 この辺はコンビニが少なく結構な利用客がいる。

 後ろからのプレッシャーが半端ない。

 やっと出てきたカードを読み込むと・・・残高不足・・・だとっ!?


 ピーピー!


 電子音が鳴り響く。私は慌ててチャージしようとお金を入れる。

 最近セルフ決済システムになった為、自分でお金を投入しなければいけなくなった。

 目の前に店員がいるのになぜセルフ?

 最近、爆発的に流行している感染症のせいだろう。

 しかしこれにどれだけの意味があるのだろう?


 ここで気づく・・・タッチパネルの「チャージして支払う」を

 押さなければならなかったのだ!

 道理で5千円札を飲み込まない筈だ。


 私はすぐにチャージを押す!

 そして早急に5千円札を入れる。


 これで十分だろう?これ以上、私に何を望むと言うのだ?

 私は一呼吸置き店員さんを見た。

 店員さんは微動だにしない。何という胆力!


 私の後ろにはもう5人以上のお客さんが列を成していた。

 見えていないのか?そんな訳はない。

 私以上に焦っているはずだ。なぜなら彼には使命がある。

 全ての客の勘定をしなければならないのだ。

 職務を全うしなければならないはずなのだ。


 なのに・・・なのにだ!

 冷静にそして無情にも彼は告げた。


「チャージ金額を指定してください。」


 盲点だった。そうだ。私は確かに5千円を入れた。

 しかしもしかしたら二千円をチャージするかも知れない!


 私はもう一つの方のレジを見る。


 レジ休止中・・・。


 私は絶望した。なぜだ・・・なぜ今なんだ?

 答えてくれる人などいるはずがない。

 そんなことをしている暇があるのならば出来る事をしなければ!


 私は「5千円チャージ」を選択する!


 私は安堵した。私は責務を果たした。

 後は店員さんが何とかしてくれる。

 私の戦いは終わったのだ・・・。


 しかし、機械はそんな私を許してはくれなかった。


 カードを再度読み込めと言うのだ!

 なぜだ!?

 さっきやったんじゃ無いのか?


 なぜもう一度・・・私はもう・・・カードを財布にしまっていた・・・。


 しかしここで諦める訳にはいかない。


「チッ!」


 私は微かに・・・しかし確実に聞いた。

 後ろに並ぶ男の舌打ちを!

 その無言の圧に背中を押されて私は再び探し出す。


 電子マネーのカードを!!


 ついに決済を終えた私は、対価を支払った事により商品を受け取る事になる。


 しかし、まだ終わらない・・・終われない・・・。


・・・


 だって・・・私にはレジ袋が必要なのだから・・・。


 私は泣きそうになった。なぜだ!なぜ先に聞いてくれなかったんだ!?

 私は店員さんを心の中で責め立てた。

 しかし、それにどんな意味があるというのだ・・・。

 私にはこう言う事しか出来なかった・・・。


「レジ袋を下さい。」


 私は耳を疑った。


 そう彼は・・・店員さんは・・・小さく舌打ちをしたのだ。


 あなたは!あなただけは共犯だと思っていた!

 あなたにも罪はあった筈だ!

 私の後ろにはもう10人を超える長蛇の列が出来ている。

 しかし、あなたには・・・あなただけは今の現状を軽減する術を持っていた筈だ!


『レジ袋ご利用ですか?』


 この言葉を言うことがあなたには出来たのだ。

 最近ではもうお馴染みじゃないか。

 むしろ言わない方が違和感がある。

 しかも私のこの小さなバックにお弁当が入る訳が無い。


 このホカホカに温められた・・・お弁当を・・・

 素手で持っていくと本気で思ったと言うのだろうか?

 仮にこのコンビニの隣に住んでいたのだとしてもこれでは鍵も開けれない!


 無情にも読み込まれるレジ袋のバーコード・・・。

 私は3円の支払いの為にまた動き出す。


 レジ袋を手に入れる為に、

 電子マネーのカードをかざすのだ。


 そうして永遠とも思える時を経て手に入れたお弁当にある違和感を覚えた。

 私は記憶の中の彼の行動を思い出す。


 ・・・温めていない!聞かれてすらいなかったのだ!!


 間違いない。袋の中にあるそれは・・・冷たいままだった。

 信じられなかった。その事実を受け入れられなかった。


 確かに家に帰れば電子レンジくらいはある。

 しかし、聞いてくれるくらいしてもよかったんじゃないか?


 それでも私は振り返らずにそのまま進んだ。

 1秒でも早く店を出たかった。

 

 私は気付いていた。手に入れたレジ袋の中には・・・

 割り箸もおしぼりもない事を・・・。

 

 もうそんな事はどうでも良かった。


・・・

 

 私は家に帰りお弁当を温めて、それを食べながらアイドルの出ている番組を見る。

 なかなか面白かった。

 バラエティに最近よく出る様になった。

 前以上に好感が持てる。

 なんだか嬉しい。


 そう言えば明日、世界が滅ぶらしい。

 昨日、神様が言っていた。

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盛大に何も始まらない。 フィガレット @figaret

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