化け物バックパッカ-、砂漠の鐘を鳴らす。

オロボ46

その鐘に触れては鳴らない。彼女以外の者は。




 星の下一面に広がる、砂。


 その中を、ふたつの明かりが照らしていた。




 ジープ形の車。そのライトに照らされているのは、家族連れだろうか。


 男性が1名、女性が1名。


 そして、男の子が1名。




 星空を見つめてふたりだけの世界に入っている両親をよそに、


 男の子は退屈そうに、あくびをして、


 こっそり両親から離れていった。




 車の側にある、巨大な岩。


 男の子は意味もなく、その岩の周りを何周も走る。




 ふと、男の子は足を止めた。




 岩の影に、光るものを見つけたからだ。




 それは、黄金に輝くハンドベル。


 砂が舞うこの砂漠だというのに、


 そのハンドベルには砂は一粒もついていなかった。




 男の子は、大人には持っていない純粋な好奇心で、


 そのハンドベルを手に取り、ふった。




 砂漠に、高いB音シの音が広がっていく。




 共鳴するかのように、風が強くなる。




 風は地面の砂を巻き上げ、




 砂嵐へと姿を変えようとしていた。




 少年は、恐怖でハンドベルを投げ出し、


 一目散に、走り去ってしまった。




 少年が拾った場所であり、今でもハンドベルが横向きに倒れている場所。




 砂で顔を隠していたものが、今、顔を出していた。










 無念を訴えているように歯を開く、複数の白骨死体がいこつが。










 周りが見えなくなる前に、少年は奇跡的に、光が照らす場所まで戻ってこれた。


 心配していた両親に抱きしめられ、


 3人は車の中へと、避難する。




 やがて、車の中は静かになった。




 車の横を、なにかが通過した。











 それは、巨大な魚。




 体は砂と同じ色をしており、




 皮膚から砂をまき散らしながら、砂の上を泳いでいく。




 車には目もくれなかったが、




 黄色く光る頬と、赤く光るその目は、人間を求めているようだった。










 巻き散った砂は、静かになる。




 離れていった魚と、会えないことを覚悟しているかのように。











 沈んでいた太陽が顔を出し、空の頂上に向かって進み始めた。




 いや、進みすぎた。




 頂上を過ぎ去り、空が夕焼けになるほど、


 太陽は進みすぎていた。




 そんな太陽の下を、ひとりの老人が歩いていた。




 老人は夕焼けの太陽の下を、足跡を残しながら進んでいる。


 いや、足跡だけではない。なにかを落としている。


 手に持った袋の中から、桃色の種の形をしたものをつまみ、


 一定間隔で落としているのだ。




 足元の影が伸びていく中、


 つまんだ種を落とさず、その場に立ち止まり、


 老人は、その種の観察を始めた。




「こんなもので彼女が気づいてくれるかどうか……まあ、今はこれしか方法がない」




 この老人、顔が怖い。

 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンド。そして背中の黒いバックパック。

 砂漠にたたずむその姿は、近づかれたらなにをされるのかわからない空気を放っていた。


 たとえ、本人にその気がなくても。




 種をばらまきながら、老人はオレンジ色の砂を歩いて行く。




 その老人が再び立ち止まったのは、




 目の前に建物を発見した時だ。











 その建物は、レンガ造りの遺跡のような場所だった。


 正確には、屋根を初めとして半損しているレンガ造りの建物。

 その一部を、布で覆って補っている。


 そしてもっとも印象的なのは、




 頭部から生えている、縦向きの信号機だった。




 老人は入り口の穴の前で立ち止まり、右を見る。


 そこにあったのは、小さな井戸。


 そして、入り口と井戸をつなぐ、足跡でできた1本の線だ。




 その様子を見て、老人は背中のバックパックから水筒を取り出し、中の水を喉に流し込む。

 そのままの体勢を維持した後、2,3回、水筒を揺らし、バックパックに仕舞う。


 そして、入り口の上に設置されている看板を見上げた後、奥へ足を踏み入れた。




 “宿屋”




 看板に書かれていたのは、それだけだった。












「誰かと思ったら……またお客さんですか」


 遺跡の中の一室。

 老人が踏み込むと、その人物は振り返らずに事務対応を行った。


 足元にある赤いじゅうたんは、奥の青い光に続いている。


 そこにあるのは、モニター。

 中央に人の後ろ姿が写っている。いや、その人影がモニターではなく外、つまりモニターの前でイスに腰掛けているのだ。

 カタカタと、無機質に鳴り響く自然音をしばらく聞いて、ようやく老人は納得したようにうなずく。


「1名だ。少なくとも今だけは1名だ」

「そこに名簿がありますんで、そちらにご記入をおねがいしますです」


 振り向かずにモニターに集中する人影の指示に従うため、老人は名簿を探す。


「懐中電灯、いいか?」

「今ならいいです。本当はモニターに反射してエイムに支障が出る恐れがあるのでダメですが、ちょうどデイリーボス倒したとこなんで」


 モニターでは、“S”と書かれた文字が大きく表示されている。

 老人は不思議そうにそのモニターを眺めつつ、バックパックから懐中電灯を取り出した。




 懐中電灯に照らされた、入り口付近に設置されたテーブル。


 その上に置かれたボールペン、そして閉じられた方眼ノート。

 老人はその方眼ノートを開いてみる。


 最初に見たのは、3人の家族連れ。感謝の言葉が書かれていた。


 その下にあるひとり客の名前は、老人が来る直前の宿泊客だろうか。




“この主人はマジでクレイジー。後ろで懐中電灯をつけただけで本を投げられた”




 老人はその文に眉をひそめつつ、ボールペンを手に取り、文の下に自身の名を刻んだ。




 老人が階段を上がっていく音が、響き渡る。

 それを気にすることもなく、モニターの前の人影はマウスを動かしていく。


 ふと、人影は手元にある写真立てに目を向けた。


 写真の中には、砂漠の中でピースサインを見せるふたりの少女。


 ふたりは背が違っていて、背の高い少女は耳元にピアスをつけてほほえんでおり、


 背の低い少女はほくろのある口元で、歯を見せて笑っていた。




 その写真立てをうつぶせにした時、裏側の金具に写った自身の顔を見た。


 白髪で、シワだらけで、口元にほくろがある自身の姿を。


 その人影……老婆はため息をつくと、再びキーボードを動かそうとした。




「ちょっと、すまん」




 後ろから老人に話しかけられ、老婆は指を止めた。


「……なんですか?」

「ここにバックパックを背負った黒いローブの少女が訪れたら、俺がここにいることを伝えてくれ」

「わざわざ言うことです?」

「彼女は初対面の人間とは話せないんだ」


 老婆はため息をつく。

 人見知りのために画面から目を離すのはごめんだ。そう言っているように。


「この宿は部屋の予約ができないので。あしからずです」


 そう言い放って、老婆は人差し指を上げた。




「……彼女とは、はぐれてしまった。昼間……砂漠のど真ん中でな」




 キーボードに人差し指が触れるとともに、老婆は目を見開いた。




 モニターの中では、多数のモンスターが画面の手前まで押し寄せている。


 それを何もせずにしばらく眺めたのち、老婆はそばにあるスイッチを押した。




「人とはぐれたなら……先に言ってくださいです。そこにある張り紙、先に読んでほしかったです」




 その言葉に、老人はテーブルのあった方向に懐中電灯を向ける。


 方眼ノートから、懐中電灯の光を上に移動させる。




 そこには、赤い張り紙が貼られていた。


“人とはぐれて来たのなら、ただちに支配人に通達すること”




 “GAMEOVER”と表示されるモニターを見て、老婆は机をたたいた。











 同時刻の宿屋の外、


 空はもう太陽がほとんど見えなくなっていた。




 その代わりとして、代わりとしては心許ないが、


 3つの光が、1つずつ交代して、光っていた。




【青】


【黄】


【赤】




 宿屋の屋根から生えている、信号機だ。




 3色の光は照らすことができなくても、




 今、暗闇に包まれた砂漠の中で、




 星のように、輝いていた。











 数時間後、相変わらず老婆はキーボードをせわしなく動かしていた。


 老人の姿は見当たらない。おそらく、部屋にいるのだろう。




「……!!?」




 突然、モニターの光が消えた。


 老婆は慌ててキーボードをたたき、マウスを動かしてみるが、改善はされなかった。


「せっかくレアドロップ入手したのに……停電なんて……」


 放心状態になるように、老婆はキーボードの上に倒れかかった。




 しかし、すぐに顔をあげた。




 扉を開け、必死に階段を駆け下りる音が聞こえてきたからだ。




「おいっ!! 今すぐここから逃げろッ!!」




 老人の言っている言葉に、老婆は飲み込めないまま瞬きを行う。













「この宿屋が……崩されるぞっ!!」











 老人の叫びとともに、天井が破壊された。




 上を見上げた老人と老婆の上を、


 レンガの雨が降ってくる。




 




 砂ぼこりでふたりの姿が消えたあと、


 それは天井から、手を伸ばしてじっと見つめていた。










 天井からのぞき込む、砂色の魚。




 赤く光るその目は、人間を求めているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る