第34話
刻一刻と時が流れていく。
月はもう頂上だ。
家の中は寝静まっているように感じられる。
兄は最近身体を動かさない所為で寝付きが悪いと聞いていた。
もう眠っただろうか。
それだけが気掛かりで動けなかったのだが。
父や兄、ミントを出し抜くのは骨が折れる。
でも、やり直しはできないし失敗もできない。
また時間が流れていく。
月が雲に隠れる。
それを確認して窓を開いた。
優哉の寝室は都合の悪いことにジェイクの寝室の真上にあった。
ふたつの部屋を一本の大木が隠している。
これを伝っていくしかないのだが、バレないだろうか?
細心の注意を払って木の枝を伝っていく。
兄の部屋の窓が見えたとき、そっと部屋の中を覗き込んだ。
寝台の上で兄が眠っている。
どうやら大丈夫そうだと安心して着地した。
そのままミリアとの約束の場所へと駆けていく。
その着地のときの僅かな葉擦れの音でジェイクは目を覚ました。
「?」
遠くなっていく靴音。
誰かが駆けていく音。
この靴音は。
このリズムは。
「セイル? セイルの靴音だ」
弟が帰って来るのをいつも待っている間に覚えた弟の靴音。
歩くとき、走るときのリズム。
弟特有の。
今遠くなっていく靴音は、間違いなく弟のものだった。
地理に詳しくないジェイクには、どこに向かっているかがわからない。
上半身を起こしたいが、それもできない。
苛立ってふっと思い出した。
夜でもいいから急用が出来たときは鳴らしてほしいと、ミントが用意してくれた呼び鈴。
片手で引っ張れる位置にそれはある。
慌ててそれを手探りした。
目が見えないことがもどかしい。
目さえ見えたら手探りで探さなくても、すぐに鳴らせるのに。
そう思ったとき、強い意思の力が奇跡でも起こしたのか。
ぼんやりとなにかが目に映った。
まだ影のような輪郭だったが、見慣れない景色、
物の形しかわからないが、どこになにがあるかくらいは見える。
「マモルの家、か? 目が見え始めている?」
弟を心配する気持ちが奇跡を起こした?
視線を彷徨わせるとすぐ近くに呼び鈴があった。
左手を伸ばす。
思い切りそれを鳴らした。
リン、リン、リンと響いていく鈴の音。
息を詰めて待っていた。
今の呼び鈴で起こされたミントがやって来るのを。
「お腹空いたな」
月はすっかり傾いて、もう真夜中も通り過ぎようとしている。
本当に優哉は来てくれるのだろうか。
ふたりが城と呼んだのは、ふたりで何度も隠れて遊んだ小さな建物。
子供たちの秘密基地。
公園の人知れない場所にそれはある。
母親から隠れて、ふたりでよく遊んでいた。
ここはふたりで偶然見つけた場所で、他の子供にも教えないようにしていた。
そのせいだろうか。
未だに知られていないらしく、ミリアは今も秘密基地として利用していたのが思い出される。
昨日の夜からなにも食べていない。
なにも飲んでいない。
父と母は取るものもとりあえず、とにかく国を出ようとして、ミリアは国境付近でふたりに逆らって戻ってきたのだ。
優哉と再会するまで歩き詰めだったし、なにかを購入するにも先立つ物がなく、また顔を出して投獄されるのも怖かった。
だから、人目に触れないように触れないように振る舞った結果、ミリアは昨夜からなにも食べていないのである。
なにかを飲むことすらできないまま時間だけが流れていく。
乾き過ぎて涙も出ない。
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