第33話

 兄の仕業だと確信して。


 一臣下にそこまでの権限があるわけがない。


 候補者は兄しかいない。


 認めたくないけれども。


 まだまだ喋りたそうなおばさんに挨拶して、優哉はトボトボと歩き出した。


 ミントはまだ付き添っているのだろうか。


 護衛なんていらない。


 ひとりにしてほしい。


 そう思うのになにも自由にならない。


 権力者がこんなに不自由だなんて知らなかった。


 家路を辿っていて角を曲がろうとしたとき、不意に影から出てきた誰かに体当たりされてふらついた。


 グラついたところで態勢を整える。


「ユーヤ!」


 泣きながら縋っていたのは、こんなところにいるはずのないミリアだった。


 唖然とする。


「ミリア」


「よかった。逢えた。もう逢えないかと思って」


 泣き崩れる彼女を支えて、キョロキョロと周囲を見た。


 丁度死角になっている位置のようだ。


 ミントがどこにいるのかは優哉の実力ではわからないが、今ならミリアの存在を隠せる。


 とにかく今日になってここにいたら、彼女は投獄される身なんだから、彼女の身柄を隠さないと。


「ミリア。大体のことはわかってるよ。いいかい? 今からぼくの言うことをよく聞くんだ」


「ユーヤ?」


「ぼくの傍に居たら、すぐに国外退去していないことがバレる。いいね? 人目に触れたらダメだ。ふたりが出逢った公園の城に隠れてて。夜になったら逢いに行くから。どんなことをしても逢いに行くからっ!」


 それだけを言って優哉はミリアをおそらくミントが出逢ったあるはずの場所とは正反対のところに突き飛ばした。


 乱暴だが、これが彼女のためだ。


 早く行って! と目力で訴える。


 ミリアも優哉が本気で自分の傍に居たら、危ないと訴えていることはわかってくれたらしい。


 そのまま身を翻した。


 夕闇の中に消えていく背中を優哉はじっと見送っていた。


 兄を問い詰めようと思っていた。


 でも、ミリアはまだ身近に居てくれた!


 だったら今は彼女の不安を取り除く方を優先したい。


 突然こんなことになって、どんなに不安だったか。


 それでもこの国に残ったのは、優哉に逢えなくなるのが嫌だったからだろう。


 その優哉のせいでこうなったかもしれないのに。


 とにかく彼女を安全な場所に移動させないと。


 優哉が関われば関わるほとミリアを危険にする。


 悔しいがそれは認めるしかなかった。





 その日の夕食の席に一応優哉は着いたが

すぐに席を立った。


 気配でそれがわかったのだろう。


 ミントの介助で食べようとしていたらしい兄が、ふっと視線を寄越す。


「セイル?」


「ごめん。食欲がないんだ。今夜は食事はいいよ」


「だが」


「兄さんはこんな状況のときに、ぼくに食欲があると思ってるの?」


 つい責める言い方になった。


 兄はなにも言い返せずに俯いている。


 最後まで信じていたかった。


 だが、この態度で証明された。


 裏で糸を引いていたのは兄だ。


 兄も優哉に対してざいあくあは抱いている。


 だが、現状を改める気もないのだ。


 あったらとっくに前言撤回している。


 ミントの言ったことがすべて事実なら、兄にとっては譲れないほどの罪なのだろう。


 兄の立場的には、この結果は必然なのだ。


 それが弟を裏切る行動だと知っているから、兄はこのところ優哉の目を見れなかったのだろう。


 その気持ちが嬉しくもあり、そこまでしても裏切る道を選ぶ兄を許せないとも思ってしまうのも事実だった。


 兄は兄で優哉を気遣ってくれている。


 その愛情には嘘はない。


 ただミリアにまでその愛情は向けられていない。


 それだけだった。


「セイル殿下。ジェイク殿下はなにも存じません。そのような仰りようは」


「いいんだ、ミント」


「しかし」


「セイルには責める権利も資格もある。そしておそらく自分が責めたところで、わたしが態度を改められないことも知っている。知っているからこそ、尚更わたしが許せないのだろう」


「兄さん」


「謝ることはできない。これは王族としては当然の判断だから。ただ許してほしいとしか言えない。わたしには」


 たったひとりの肉親に嫌われたくない。


 兄の顔にはそう書いているのに、それでも態度を改められないというのだ。


 優哉は悔しくて、でも、この憤りを兄にぶつけるわけにもいかなくて、ただ黙って食堂を去った。


 兄は王子としての義務を果たしただけ。


 それが弟を裏切ることだとしても、王子としての責務を果たしただけ。


 わかるから、これ以上恨み言をぶつけることもできなかった。

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