第23話
繁華街でアイスを買おうかと思ったが、アイスを買ったら急いで帰らないといけない。
でも、今日は急ぐ気持ちになれない。
だから、冷めても大丈夫なクレープを買った。
これも兄の立場的には知らない食べ物だろう。
公園のベンチに座って優哉はため息ばかりついている。
あれから優哉はケントに逢う勇気もなく、コソコソと学園を出た。
アテもなく歩いて適当なところでクレープを買って、やってきたのがこの公園だった。
小さい子供が沢山遊んでいる。
その傍には母親たちが並んでいて、子供たちが遊んでいるのを見守っていた。
「ここもミリアとの想い出の公園なんだよな」
街中の至る所にミリアとの想い出が溢れている。
あの頃から砂場はあって、優哉は泥んこになってミリアと遊んだ。
それを見守っていたのが、ふたりの母親だった。
あの頃からミリアは優哉が好きだったのだろうか。
小さい頃からの初恋を大事に育ててきたのか。
なのに優哉はそれに気付かず踏み躙ってきた。
「確かにぼくにはミリアを責める資格なんてないんだ」
今になって気付くのも間が抜けているが、ミリアは全く意思表示しなかったわけじゃない。
さりげなくではあるが優哉が好きだと意思表示していた。
例えば優哉に飛び級の話が出たとき、ミリアに泣いて頼まれた。
どこにも行かないでほしいと。
置いて行かないでほしいと。
あのときは兄代わりの幼馴染がいなくなるのを悲しんでくれているのだと、優哉はそんな風に解釈したが、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、優哉に縋ったミリアには、明確な意思表示があった。
二の腕を掴んで縋ってきた小さな手。
離れるのを恐れて離さなかったミリアの。
あの手には優哉に対する想いが溢れていた。
でも、優哉には幼馴染の女の子という目隠しがあって、ミリアのどんな意思表示も子供の感情にしか見えなかった。
もうこれ以上伸ばせなくて優哉が高等学園に進学するとき、おそらくミリアはかなり頑張って勉強したはずだ。
それまでのミリアに飛び級の話は出なかった。
つまりかなり無理をして飛び級をしたということなのだ。
優哉が離れていくから追いかけるために、ミリアは勉強を頑張った。
常に優哉の隣にいるために。
なのに優哉はそのときも深く考えることなく、飛び級したと聞いて少し驚いただけだった。
おそらく高等学園に進んだとき、ミリアが呼び方を変えたのは意図的なものなのだろう。
自分はもう幼馴染の妹代わりじゃない。
ひとりの女の子だという意思表示。
なのに優哉はそれも気付かなかった。
いつも背中を向けているだけで、追いかけてくるミリアの気持ちなど、一度も真剣に考えなかった。
どうして追いかけてくるのかなんて。
そんな優哉にミリアを責める資格があるわけがない。
どんなに意思表示しても気付いて貰えない。
女の子として意識して貰えない。
振り向いて貰えない。
そう思い詰めたミリアが、誰かの恋人になることで、優哉を刺激しようとしても、それはそれで仕方のない話だった。
優哉がそこまで彼女を追い詰めたのだ。
もっと早く気付いてやれば、ケントを傷付けることも、ミリアが傷付いて泣くこともなかっただろうに。
「どうしてぼくはこんなに鈍いんだ?」
自分の鈍感さをこんなに責めたことはない。
自分が異性に対して距離を置いていたからといって、身近にいた異性にまで距離を置いていいとは限らない。
距離を置くなら置くで、きちんと気持ちを察してやり断るべきだった。
宙ぶらりんの生殺し。
まさにミリアはそうだった。
幼馴染の女の子として他の異性よりは優哉の身近にいる。
甘えても受け止めて貰える。
でも、それだけだった。
あくまでもそれだけで特別な関係じゃない。
蛇の生殺し。
付き合えないなら付き合えないと、はっきり断るべきだった。
異性として向き合うことはない。
でも、拒絶もしない。
適度に特別扱いもしてくれる。
そんな境遇でミリアが優哉に惹かれていたなら、気持ちを吹っ切り諦めることなんてできるはずがない。
もし優哉が意思表示していたら、彼女の気持ちに答えを渡していたら、ミリアはケントに対しても、違う答えを用意したのかもしれない。
「なにもかもぼくが悪いんだ。ぼくがミリアの気持ちに気付いていたら。ちゃんと向き合って答えを出していたら、そうしたら」
ケントを傷付けずにミリアが泣くこともなかったのに。
自分を責めてばかりの堂々巡り。
そのとき公園の鐘が鳴った。
ハッと我に返る。
「いけない。そろそろ帰らないと兄さんを心配させちゃう」
ベンチから立ち上がって重い足取りで歩き出した。
家で待つ兄の下へと。
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