第15話
素性を知ってからだって。
戸惑っていると海賊の少年がニッコリ笑った。
「よかったよ。あの人には帰るべき場所があって。本人は絶望的なこと言ってたからね。もしかして突っぱねられるかと思ってた。アンタが見捨てるんじゃないかって」
「そんなこと……しないよ」
「アンタと確かに逢った証拠を渡してやりたいんだけど、本人に間違いなくアンタと逢ったってわかる証拠、なにか持ってない?」
「ぼくだという証拠?」
考えて考えて右手首に巻いていた布を解いた。
現れた刺青を見て海賊が目を丸くする。
「驚いた。アンタたち兄弟でおんなじ刺青してるんだ?」
「これはぼくが生まれたときに実の父が用意してくれたスカーフだって聞いてる。あの人ならこれを見たら、ぼくと逢ったってわかるんじゃないかな?」
「わかったよ。じゃあいったん拝借するね。必ず渡すから」
そう言ってスカーフを奪い取ると海賊は風のように消えてしまった。
思わずため息が漏れる。
左手に目をやれば血塗れのスカーフがある。
兄が生きていた証。
その代わり右手首にあった父から貰ったスカーフはなくなった。
不思議な感覚だった。
右手首が軽い。
「どんな姿でもいいから生きていてくれてよかった」
心からそう呟いた。
最後の家族が生きていたと知って。
「戻ったよ」
港に停泊していた船に戻ると、少年はそう言って身軽に船に乗り込んだ。
なんの違和感も与えずに船が出港していく。
ジェイクの意識が戻ってから1ヶ月が過ぎていた。
彼の身柄を動かせるようになるのに、そのくらい必要だったのだ。
但し海賊たちは彼の名も知らされていない。
彼が名乗れないと言ったからだ。
相手が海賊なら無理もないと納得されたので今も名乗っていない。
実はジェイクはこの船に連れ込まれていた。
ミルベイユに戻ったとわかったとき、すぐにでも弟に逢いたかったが、身体が自由にならないので、結局なにもできずに弟と接触するため出ていく少年を見送るしかなかった。
医務室で寝かされているジェイクの下へ少年がやってきた。
船長への報告を済ませてから。
「起きてる?」
「ああ。弟には逢えたのか?」
「逢えたよ。優しくていい弟さんだね。アンタ幸せ者だよ」
「え?」
キョトンと声のした方を見た。
見えないがなんとなく優しい笑顔を浮かべている気がした。
「お金は必ず準備するから、だから、なにも心配しないで無事に戻ってきてほしい。そう兄さんに伝えてほしい。そう言ってたよ。ユーヤアヤベって子」
「わたしを……兄と?」
信じられない。
セイルが兄と呼んでくれた?
「そう呼んだときは本人も驚いていたみたいだけどね。アンタを見捨てることはしない。そう言い切ったよ」
見捨てない?
セイルが?
涙が出そうできつく目を閉じた。
「アンタたちの間にある複雑な事情は知らないけど、もうちょっと弟のこと信じた方がいいと思うよ。少なくともあの人は血の通った人間だ。情けを捨てられない。肉親の情っていう情けをね」
弟がそういう人柄であることは知っていた。
だからこそ優しい弟に背かれることだけが怖かった。
なのに弟は見捨てなかった。
おそらく海賊たちは詳しいことはなにも教えていない。
ジェイクが言った通りのことしか伝えていないだろう。
それでも見捨てないと言ってくれた。
兄だと言ってくれたっ!!
「アンタ。バカじゃないの? 泣きたいときは泣いたらいいんだよ」
髪を撫でる手を感じる。
でも、泣きたくなかった。
涙は弟に逢えるまで禁止だと自分で決めたから。
「あ。しまった。アンタ目がダメなんだったっけ」
「なんだ?」
突然の声に驚いて振り向いた。
「いや。確かにユーヤアヤベって子に逢った証拠を貰ってきたんだけど。まずったなあ。アンタは目がダメなんだった。こんなの貰っても見えないじゃん」
「なにを貰ったんだ?」
「右手首に巻いてたスカーフだよ。アンタたち兄弟でおんなじ刺青してるんだな。驚いたよ」
「右手首のスカーフ? まさか生誕の折に父上から贈られた?」
それは今となっては父の形見のはずだ。
それを知ったのは最近だろう。
だが、まさか父の形見を手放したとはっ。
「頼むっ。それを握らせてくれっ」
「でも、握っただけじゃわからないんじゃ」
「いいから握らせてくれっ!!」
戸惑ったらしいが少年はなにも言わずに握らせてくれた。
ゆっくりとその感触を肌触りを確かめる。
慣れた感触がする。
今では失ってしまった父の形見のスカーフ。
海の藻屑になりかけたとき、血塗れになったという弟に手渡したスカーフ。
あれと全く同じ感触。
世界にふたつしかないスカーフだ。
間違いなくこれは弟からの贈り物だ。
無事を知ったから必ず助け出すというサイン。
思わず我慢していた涙が零れ落ちた。
「えっ!? どうしたのっ!?」
戸惑ったように肩に触れる手を感じる。
それでも涙が止まらない。
「……セイル」
海賊たちには教えるまいと決めていた弟の名が零れ落ちる。
スカーフを精一杯の力で握り締めた。
「なんか知らないけどわかったみたいだね。それが本物だって」
「ああ。父の形見のスカーフだ。同じ物はもうこれしかない。わたしの物は血に塗れ破れてしまったから」
交換されたスカーフ。
そこに弟の無償の愛を感じる。
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