第14話

 さすがにジェイク殿下だ。


 あの人は確かに生きているらしい。


「恨んでるかどうかはこの際どうでもいいよ。不幸に見舞われた人なら普通は心配しない? 普通の神経をしていたら」


「お人好しぃ」


 からかうように言われてムッとした。


「無事だけど無事じゃないって言ったね。今どうしてるの? どんな容態なのっ!?」


「教えてやりたいけどアンタ軍の責任者の義理の息子なんだって?」


「そうだけど。それがなに?」


「俺、海賊だからねえ。軍相手だったら迂闊に口は割れない」


 海賊っ!?


 おまけに俺っ!?


 つまり男っ!?


 驚きすぎて声にならない。


 まさか海賊に助けられるとはジェイク殿下の悪運も相当だ。


「これから先アンタとだけ連絡を取りたい」


「それが情報を教える条件?」


「そのスカーフの持ち主から聞いたんだ。今正確に情報を教えれば、たぶん自分は見殺しにされると」


「見殺し?」


 仮にも一国の世継ぎを見殺しにするだろうか?


 幾ら優哉がいるとはいえ普通なら見殺しにはしない。


 つまり見殺しにされるのも不思議はないほど、ジェイク殿下が普通の容態ではないということか?


 臣下に知らせたら即座に見捨てることを決定するほど?


 だから、内密のはずの優哉の名前を出した?


 家族の情けに縋る以外に方法がなくて?


「ミントって人にも知らせるなって言ってたよ」


「あの人にも? だってあの人は」


 あの人が知ったら例えなにがあっても、ジェイク殿下は見捨てない気がする。


 なのに知らせるな?


「あの人もバカだよねえ。アンタの傍からその人を動かしたくないって言ってたよ。自分の無事を知れば、アンタを見捨てて動きかねないからって。そうなったらアンタが危険だ。だから、知らせるな。そう言ってたよ」


 自分の方が明日をも知れぬ身で優哉を気遣ってくれている?


 深い、心のとても深いところっ安堵のため息が漏れた。


 確かにジェイク殿下だ。


 無条件に優哉を優先してくれる心遣い。


 そこからあの人のぬくもりを感じる。


「目的はなに? 海賊なら普通に返してくれたりしないよね?」


「話が早いね。目的はね。身代金」


「やっぱり」


 身代金と言われても優哉に自由にできるお金は、それほど大きくないのだが。


「でも、ぼくまだ学生だし自由になるお金は」


「あの人が死んだと思われていて跡取りになったんでしょ? なんとかなるんじゃないの?」


「公にできるならなんとかなるよ。それはマズイだろう?」


「確かにねえ。公にされたら見殺しにするはずの人だもん。お金なんて出さないよね?」


 納得の声を出されてわかっているなら言うなっと心で怒鳴った。


「だったらねえ。あの人からの悪知恵教えちゃう」


「悪知恵? あの人からの? なに?」


「誕生日のプレゼントで贈った宝石を売れ。だってさ」


「宝石?」


 確かに貰った。


 出逢ってから初めての誕生日のときに突然、ジェイク殿下から贈られた品。


 それはピンク色の宝石だった。


 優哉は宝石には興味がないからと断ったが、殿下が退いてくれず結局受け取る形になっているが。


 あれを売れ?


「あれって高いものなの?」


「話によると凄く高価な品だって。国のひとつも買えるかもしれないって言ってたよ?」


「嘘だろ。そんな高いのくれたのか、あの人」


 青ざめる。


 もしかして王家の家宝とか、そんなのじゃないだろうか。


 もしそうなら売ってもいいのだろうか。


 バレたら大事になりそうな気もするが。


「もし買い手がつかないほどの宝石だったら」


「だったら?」


「その宝石で手を打つよ」


「どうして?」


「一般では買い手がつかないほどの宝石。それって海賊にとっては、とってもお宝なの」


 ルンルンとそう言われ、なるほどと納得した。


 確かに船をチマチマ襲うより余程価値はあるだろう。


 が、そういうお宝を簡単に出せる相手だと思われたら帰ってこないかもしれない。


 ここは上手く取引しないと。


「本当に宝石を渡せば返してくれるの? もっと絞り取ろうとして、また請求したりしない? 身代金」


「海賊にはね。二種類あるんだ」


「二種類?」


「海の貴族と海の荒くれ者。俺たちはね。海の貴族だよ。どれほどの財産家の御曹司でも、あれほどの怪我をした相手から、二度も金の無心なんてしない」


「あれほどの怪我?」


 必ず返してくれるという言葉も嬉しかったが、それよりも海賊にすら気遣われる怪我の方が気になった。


「消える前に一言だけ忠告しておくよ。本人が戻ってきても厄介者扱いしないであげてね」


 なにも言えなかった。


 この一言だけで普通の怪我じゃないと確信を持てたので。


「本人はあのまま海の藻屑になりたかったみたい。今の自分じゃ家族の足手纏いにしかなれないからって。だから、戻ってきたら温かく迎えてあげて」


「待ってっ」


 人混みに紛れようてしていた背中を気付いたら呼び止めていた。


 少女めいた顔立ちの海賊が振り返る。


 気が付いたらこう言っていた。


「お金は必ず準備するから、だから、なにも心配しないで無事に戻ってきてほしいって、そう……兄さんに伝えてほしいんだ」


「アンタ好い人だね。恨んでいても不思議のない人を気遣えるだけじゃなくて、こんなときに兄さんって呼んであげられるんだ?」


 そう言われて「あっ」となる。


 無意識に「兄さん」と呼んでいた。


 今まで一度だってそう呼んだことはないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る