第12話


 苦しくて苦しくてやっと目覚めたとき、世界は真っ暗だった。


 頭を巡らせてもなにも見えない。


 身体全体が痛くて特に下半身は変な感じがした。


 右腕は……動かない。


 思わず呻くと近くで声がした。


「大丈夫か、若いの?」


「だれ……だ?」


「目が開いてるのに変な方向見てるな。もしかして見えてないのか?」


 声のする方へ一生懸命首を傾ける。


 それもかなり時間がかかった。


「あー。あんまり無理すんじゃねえぞ。サメにやられてて下半身はダメになってんだ。右腕もな」


 さすがに言葉が出なかった。


「ダメって……喰われてなくなってる、とか?」


「いや。一応無事だ。俺らが見付けて助けだしたせいで、下半身も腕も一応あるぜ?」


 ホッとしたが、だったらこの変な感じはなんだろう?


「さすがに喰われてなくなってたら助からねえよ」


「確かに」


 もし助けられても出血多量で死んでいただろう。


「ただサメから助け出すまでに時間がかかってな。結局医者の話によると下半身は麻痺してるらしいし、腕も神経がダメになっちまってるらしい」


 つまり下半身不随の状態で右腕はダメになっている、ということか。


 生命があっただけでも感謝するべきかもしれないが、さすがに受け入れにくい現実だ。


「ただ眼についてはなんにも言ってなかったからな。ちょっと待ってな。今医者を呼んでくる」


 立ち去る気配がしたので慌てて声を投げた。


「待ってほしい」


「なんだよ?」


「ここはどこだ?」


「そいつは知らない方がいいな。無事に岸に戻りたかったら、ここがどこかなんて訊くもんじゃないぜ。若いの」


 その声を最後に気配が消えた。


 深く重い息を吐く。


 あれから何日経っているのだろう。


 何日経っているとしても、自分はもう死んでいると判断されているはずだ。


 弟の即位に向かって周囲も動き出しているはず。


 そもそもこんな身体では国王にはなれない。


「わたしは……死ぬべきだったのか、セイル?」


 決して本人には言えなかった名で呼び掛ける。


 すると声がした。


「そんなことを言うものではありませんよ」


「だれだ?」


「医師です」


「そうか」


 おそらくさっきの男の仲間なのだろう。


 どこなのか訊ねるなと言ったということは、どうやら自分はヤバイ奴らに助けられたらしい。


 身分を明かして金を出せば都に連れていってくれるかもしれないが、どれだけの金を取られるかわからないし、上手く話を運ばないと。


「確かに目の焦点が合っていませんね。見えていますか?」


 なにかされているのだろうか。


 だが、真っ暗でなにもわからない。


「残念だが」


「そうですか。もしかしたらサメにやられたショックで、目もダメになっているのかもしれませんね。一時的なものならいいのですが」


「こんな身体でも生きていてよかったと思えと言うのか? 生きていても大事な家族に迷惑を掛けるだけで、なんの手助けもしてやれないというのに」


「少なくともわたしなら、家族とは生きているだけで嬉しい存在だと思いますよ?」


「生きているだけで嬉しい存在?」


「重荷になってもいい。ただ生きていてほしい。そう願うのが家族ではありませんか?

 少なくとも失ってから後悔することはないんです。あなたの家族はね。今頃、心配されているのではありませんか?」


 事実を知らされたセイルは心配しているだろうか。


 それとも恨んでいるか。


 自分は捨てられて兄だけが実子として育てられていた現実を知って。


 今となってはたったふたりの家族。


 父も母もなくセイルの母上も亡くなっている。


 ふたりきりの家族なのだ。


 恨まれるのは辛い。


「あなたを家まで送り届けてあげたいのですがね。我々も慈善事業をしているわけではないので。タダというわけにはいきません」


「だろうな。もしかして海賊か?」


「わかっていたんですか? そのわりに度胸がありますね。なんていうか。落ち着いています」


「まあ一度死んだ身だからな」


 一度は海で死んだと思えば海賊くらい怖くはない。


 今怖いのはセイルに嫌われることだけだ。


「あなたの外見。そして使っている言語からミルベイユの方とみました。違いますか?」


 そういえばこの医師の言葉には変な訛りがある。


 もしかしてミルベイユの人間ではない?


「家に連絡を取ってお金の準備を頼んでくださいと言っても、おそらく今のあなたには無理でしょう。

 生きている証明もできない。申し訳ありませんが確実にお金を準備していただく手段はありませんか?」


「人質にそういうことを訊ねる海賊というのも聞いたことがないが」


「あなたがいる方が我々にとっては足手纏いなんです。ですが海の掟で溺れかけた者は見捨てられない。助けた以上責任を取らないといけないんです」


「つまり手っ取り早くお金を用意させて厄介払いしたい、と?」


 確かに海の貴族と呼ばれる暴れん坊の海賊にとって半身不随の上、眼も見えず片腕の麻痺している男など足手纏いでしかないのだろうが。


「あなたが着ていた衣服から、かなり上流階級の方とみました。どうすればお金を準備してもらえると思いますか?」


「難しいな」


 元々王家なんてところでは、こういう事態になることを想定して動いているので、マニュアルはあるのだ。


 しかし余程でないとこういう事態にはならないし、万が一なってしまった場合、それが世継ぎでもないかぎり、見捨ててしまうのが定石だ。

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