第11話


「もし実の兄みたいに思ってたら、なんで急に呼び方を変えたんだ?」


「あー。それは思春期だからじゃない?」


「思春期?」


「男より女の子の方がマセてるっていうか。大人になるの早いんじゃない? ぼくはお兄ちゃんでも全然気にならないけど、ミリアは人前でそう呼ぶの恥ずかしいみたいだから」


「まあ俺の妹も最近は俺のこと兄貴なんて呼んでて可愛いげの欠片もないけどな」


「あー。それとはちょっと方向性違うと思うよ?」


「そうなのか?」


「お兄ちゃんと呼ぶのが恥ずかしいからって、兄貴って呼ぶ方向へは進まないのがミリアなんだな。

 そのくせふたりきりのときは昔の癖が抜けなくて、呼び方は普通にお兄ちゃんだし。どう? ケントの妹とタイプが真逆だろう?」


「確かに」


 そもそもケントの妹は兄さんと呼んでいて、ミリアみたいに可愛らしくお兄ちゃんとは呼んでくれなかった。


 そう呼んでいたのは本当に小さい頃だけだ。


 だが、ミリアはつい最近までそう呼ぶことに抵抗がなかった。


 抵抗を感じ恥ずかしくなってきても、呼ぶ方向性は「ユーヤセンパイ」だったということだ。


 確かにタイプは真逆だった。


「いい加減納得してくれた?」


「だったら最後にひとつだけ訊くけど。どうして幼なじみだってことをふたりして隠してた?」


「ぼくの方には深い理由はなかったよ。というよりミリアに口止めされてただけだから」


「口止め? 幼なじみだとはバラすなって?」


 不思議そうなケントに頷いた。


「女の子って複雑っていうか。なんかね、年頃の男女が幼なじみだってバラすのが、すごく抵抗があって恥ずかしいらしいよ」


「そういうものか?」


 首を傾げるケントに笑った。


「わからないよねえ。ぼくにだって理解できないんだから」


 当事者に理解できないのに第三者が理解できるわけがない。


「それくらいなら付き合ってると誤解された方がまだ楽なんだって」


「俺は嬉しくない」


「それはぼくも言ったけど、ミリアが頑として頷かなかったんだ。バラしてもいい? って訊ねても」


「全く」


「ぼくの側の情報はオープンにしたよ。これでミリアのことで隠してることはなにもない。後はミリアに訊いてくれる?」


「今まで隠していたのに答えてくれるかな」


「頑張るしかないね」


「他人事だと思ってっ!!」


「だって他人事だし」


 肩を竦めて笑う優哉にケントはムスッとしていた。


「ホントに妹だとしか思ってないんだな?」


「思ってないよ。ぼくにとってミリアは可愛い妹分だよ」


「だったら相談があるんだけど」


「なに?」


 問いかけるとケントは赤くなって顔を背けた。


「ミリアが……キスさせてくれない」


「は?」


 キョトンとした。


 いきなりなにを言い出したんだ?


「だから、キスできるようないい雰囲気になるとミリアが逃げ出すんだよ」


「まだ幼いから怖いんじゃない? 待ってあげなよ、ケント」


「でも、行き先は毎回同じカフェだし、やってることもパフェの制覇。それで時々いい雰囲気になると逃げられて、最近は付き合ってる自信がなくなってきてたんだ」


「それでぼくとのことを疑ってたの?」


 呆れるべきか同情するべきか悩む。


 そこまで追い込むミリアもミリアだと思うが、彼女がまだまだ幼いというのも事実だし。


 怖いのかもしれないと思ったら、一概に責められない。


「それだけじゃない」


「それだけじゃないって?」


「ミリアは俺といても、おまえといるときみたいに楽しそうじゃない」


「……ケント」


「おまえといるときは本当に楽しそうに笑ってるんだ。見ていて一緒にいるのを楽しんでいるのが伝わってくるほど。でも、俺といるときはぎこちなくて」


「ミリアはまだ幼いからね。それが兄と彼氏の差なんじゃない?」


「そう……かな?」


 不安そうなケントに強く頷いた。


 これ以上気にされたくなかったから。


「気長に待ってあげてよ。大人になったら受け入れてくれるから」


「いつまで待ったらいいんだよ?」


 ふてくされるケントにポンポンと肩を叩いた。


「焦ってしたい、したいって思ってたら、それが相手に伝わって、余計に怯えさせて逃げられるよ?」


「それは困る」


「だったら焦らずに待つことも覚えようよ。焦っても仕方ないだろう?」


「おまえ……ホントに初恋まだなのか? 経験豊富な奴みたいだぞ、その助言」


「いや。常識的な判断や知識から言ってるだけの助言だから。冷静ならそのくらいだれにでもわかると思うよ。まあ冷静になれないくらいケントがミリアを好きだってことなんだろうけどね」


 苦笑いを向けるとケントも苦い笑みを返してきた。


 心の中で上手くいくといいなと思いながら。


 去っていくケントを見送った後で、優哉は近くの教室に声を投げた。


「ミント教授。そこにいるんでしょう? 覗くのやめてくれませんか?」


 声を投げると開いていた窓からミントが顔を出した。


 ペロリと赤い舌を出す。


「殿下も大変ですね。幼なじみの恋愛沙汰に巻き込まれて」


「その呼び名称はやめてください」


「そうですね。学園では極力やめておきます。ですがふたりきりのときは主人と臣下ですので」


「ぼくはまだ認めてません」


「臣下に対してその敬語は改めてください。主君は主君らしく」


「大きなお世話です」


 それだけを言って優哉は歩き出そうとしたが、背後から呼び止められて渋々振り向いた。


「なんですか?」


「本当にミリアージュ・ヘイゼルのことは、妹のようにしか感じられていないのですか?」


「そう言いませんでしたか、今?」


「それならよいのですが、ヘイゼルの家の者だけはお妃として認められませんので」


「どういう意味ですか?」


 驚いた顔を向けたがミントは、それ以上は口を割ろうとはしなかった。


「妹としてならよいのです」


「ミント教授っ。答えになっていませんっ」


「暗くなる前に家路にお着きください。もちろん護衛は致しますが、危険はなるべく自分から避けて頂いた方が無難ですので」


「ミント教授っ」


 呼び止めたがミントはガラリと窓を閉めてしまった。


 なにか言い知れない不安が胸を占める。


 そう言えばミリアと知り合った当時、父もミリアの家のことを気にしていた。


 深入りしないようにとも言われたくらいだ。


 それでもミリアがあまりに優哉になつくのと、優哉自身がミリアを可愛がったので、父も次第になにも言わなくなっていったけれど。


 ヘイゼルの家にはなにかあるのだろうか。


 問えない問いだけが胸に重かった。

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