第7話




「朝だ」


 まんじりともせずに一夜を過ごした優哉は、自室で昇っていく朝陽を見ていた。


 ベッドの上で上半身を起こして。


 布団を掴んだ手はじっとりと汗を掻いている。


 その理由はごく簡単だ。


 これは夢だと思い込もうとして、何度も無理に眠ろうとし、その度に布団を強く握りしめたせいで、掌がすっかり汗を掻いているのだ。


 結局、小さい頃から見慣れた刺青は消えることなく優哉の右手首にあるし、優哉が次期国王という現実も、どうやら変わらないようだった。


 あれから拒絶する優哉の態度にも関わらず、ミントからされた説明では、ジェイク殿下(自覚はないが兄らしい。片親違いの)の生死は未だに不明ではあるが、ほぼ絶望的な状況らしい。


 船が沈んですでに1週間が経過しているし、そのあいだに発見されたという報告はなし。


 それどころか一緒に姿を消していた乗組員や護衛などが、普通に発見されてもすべて遺体での発見だったというのだ。


 この状況でジェイク殿下だけが生きていると思い込むのも、あまりに愚かというべきである。


 ジェイク殿下は船と共に散った。


 そう思うべきなのだとミントはそう言っていた。


 そう判断せざるを得ない理由は、他に季節柄などが挙げられる。


 真夏でも海に落ちると長くは耐えられないのに、今の季節は水泳をするには多少どころか早い。


 海に落ちた乗組員たちの大半が心臓マヒで死んでいるという事実もあり、海水がどれほど冷たいかの証明をしているらしい。


 氷水とまでは言わないが向かった地域が北国だったので、こちらよりも更に冷たい海水だったこともあり、心臓マヒを免れても寒さで凍死しかねないという話だった。


 そのふたつの不安要素をジェイク殿下が、強運で乗り切ったとしても、次なる難関である1週間以上に渡って海を漂い続けるという過酷な環境は、おそらく乗り切るのは不可能だろうとされている。


 人間に耐えられる限界を超えていると。


 どう状況を判断してもジェイク殿下の生存は絶望的。


 そう判断するしかないのだという。


 だから、そう判断されてすぐにミントは次期国王としてセイルを迎えるために動き、優哉の下へやってきたという次第らしかった。


「ミント教授も冷たいよね」


 ミントは先代の国王の時代から仕えている重臣のひとりで、幼い頃からジェイク殿下を育ててきたのだという。


 なのに彼の生死が不明になって、絶望的と判断されるとすぐに彼を見切り、優哉を国王にするべく動いている。


 そのことを聞いたとき、優哉は思ったものだ。


 臣下たちにとって国王はだれでもいいのだなと。


 先代国王の血を引いていて、継承権を持つ正当な王子であれば、第一王子であろうと第二王子であろうと、臣下たちは一向に構わないのだ。


 臣下たちにとって国王とは、国を治めるべき人物であり、それは王家の血を引く正当な王子であれば、名前が変わろうと人物が変わろうと、だれも頓着しないということである。


 だから、だろう。


 幼い頃から国王とするために手塩にかけて育ててきた世継ぎが死んでも、いや、語弊があるか。


 死んだかもしれないと判断されただけで、第二王子を国王にしようと動ける。


 でなければ自分から優哉を受け入れようとはしないだろうから。


「つまり死んだかもしれない第一王子が、もしぼくで第二王子がジェイク殿下だったとしても、臣下たちは同じように動いたんだ。どっちでもいいから」


 呟けば苦い気分になる。


 それで国王になる意味があるのか。


 優哉には疑問で仕方ない。


 たしかに優哉は厳しく育てられてきた。


 勉強はありとあらゆるものを叩き込まれてきたし、普通の学生はこういうことは習わないだろうということまで、徹底的に仕込まれてきた。


 それも今思えば国王になる可能性があるから、優哉を教育するのに手は抜けなかったということなのだろう。


 それが杞憂であっても、優哉的にはマイナスにはならない。


 身に付いた教養はどこかで活かせるから。


 だから、父も母もそのことでは深く考えずに行動に出ていた。


 しかし進路だけは別。


 国王には「なれない」という選択肢が確定するまで、優哉の進路は決定できない。


 何故なら進路が「国王になる」という場合だって、やはり否定できないから。


 次期国王が近衛隊にいましたなんてやはり言えない。


 だから、反対された。


 そう思えばため息しか出ない。


 高等学園と言われる進学校で常に首席でいるように言われてきたことも、おそらく出自が絡んでいるはずだ。


 ケントのような悪友とつるむことは、優哉的には厳しい教育に対する唯一の反発的な意味合いも無自覚だったがあった。


 あれをしてはダメ。


 これもしてはダメ。


 あれをしなさい。


 これをしなさい。


 優哉のスケジュールは学生とは思えないほどハードだった。


 そうして課せられるあらゆることで1番でなければならない現実。


 重責がずっしり肩に重かった。


 理由すらわからずにのし掛かってくる重圧。


 それらに対する反発が優等生の優哉には、似つかわしくない親友を作るという方向で出ていたのだと、今更のように自覚する。


 父のことは尊敬していたし、母のことは慕っていた。


 だが、意味もわからないままに厳しく躾られることについては、受け入れきれない面があったのだと知る苦痛。

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