第5話


 だったらどんな意味かと問われると答えられないが、ジェイク殿下の態度に邪なものはない。


 行き過ぎている感じは優哉も受けているが、ジェイクの態度からそれを匂わされたことはないのだ。


 むしろ手に入らない「なにか」を渇望しているような、そんな執着な気がする。


 あんなふうに抱きしめられること自体、今までなかったのだ。


 傍に置きたがる傾向は昔からあったが、それで身体に触れたがるとか、そういう傾向はなかった。


 ただ傍において可愛がりたがるだけで。


 その態度は兄のものに近い。


 だが、それは優哉にしかわからない感覚のようで、こういう誤解が絶えないのだった。


「どっちにしても殿下が即位しても、ユーヤに対する執着は決定みたいだな。めでたいなあ?」


 からかうように肩を抱かれ、ケントの腕を乱暴に振り切った。





「ミント。いるか?」


「こちらに。殿下」


 立ち止まったジェイクが声を投げると、どこからともなく返事が返ってきた。


「わたしがいないあいだ、あれの護衛に当たってくれ」


「ですがわたくしは殿下のお供を」


「頼む。不遇な立場なんだ。すこしでも力になってやってほしい。わたしが法律を変えるまで護りたいのだ」


「法律を変えられたからと言って、それを喜ばれるでしょうか」


「わたしにも自信はない。だからさっきわたしが国王となり、あれを解放することがいいことか悪いことか自信がないと言ったのだ。むしろわたしが消えたほうが、あれのためなのかもしれない」


「殿下っ。不吉なことをおっしゃいますなっ!!」


 真剣に怒鳴りつける声にジェイクは苦い笑みを浮かべる。


「あれにもいればよかったのに」


「殿下?」


「そうやって自分の身を案じてくれる者がいればよかったのに」


「少なくともアヤベご夫妻は気遣われていらっしゃいますよ」


「決められた法律の中でな」


「殿下」


「あれに一切の自由を与えていないことは知っている。進路もやるべきことすら自分たちで指針を決めて、それを守らせていることも」


「仕方がありません。殿下ですらなせないことを、あのおふたりにだけ守ってほしいと望むのは傲慢というものですから」


「そうか? わたしはそうは思わない。あのふたりがやらなくてだれがやるのだ? 他に気遣ってくれる人がいるわけではない。守ってくれる人がいるわけでもない。本来なら自由に生きていいはずなのに」


「殿下が気遣われるお気持ちはよくわかっているつもりです。ですが深入りなさいますな。法律を変えられなかったとき、殿下が傷つかれます」


 変えても傷つき変えられなくても傷つく。


 なんて自虐だろうとジェイクは思う。


 自分の存在そのものが「彼」にとっては元凶だ。


 諸悪の根源。


「彼」からすべてを奪ってしまった。


 そのことを告げられるように普通に対面できるように、自分は国王となり法律を変える。


 それを今更のように胸に刻んだ。





 ジェイク殿下が旅立って数日が過ぎた。


 優哉は相変わらずな日々を送っていたが、身近ですこし変わったことが起きた。


 どうみても、あれ年下だろ、と言いたい教授がきたのだ。


 ミリアよりも年下にみえるのだが、なぜか教授を名乗っていて、校長や理事長ですら頭があがらないらしい。


 可愛らしいと女の子たちに大人気だが、ロリータ趣味の男子生徒からも大人気だった。


 みんな暇だなあというのが優哉の感想だったが。


 そうして更に数日が過ぎたある日のこと。


 昼間だというのに父が学園が休みだった優哉の元を訪れてきた。


 真っ青な顔色で。


 リビングできょとんと見上げていると、父は悲痛な顔で言ってきた。


「ジェイク殿下が……亡くなられた」


「悪い冗談言わないでよ、父さん。だってこのあいだ逢ったばかりなんだよ? お妃となる人を迎えに行くって、婚礼にだって出てほしいって言っていて。なのに」


「わたしは落ちついているし冷静に話している。ジェイク殿下は亡くなられたのだ」


 優哉が答えに詰まると母が割って入った。


「あなた、まさか?」


「そのまさかだ。他に適任がいない。そのときがきたのだ」


「なんの話?」


「優哉。落ちついて聞きなさい。おまえは。いや。あなたはわたしたちの子ではないのです」


 急に口調を改められ、優哉が強ばった。


 もしかしたらそうじゃないかと、ずっと疑っていたことだったから。


 和の民の特徴は黒髪、黒瞳。


 だが、優哉は髪は茶髪だったし瞳は栗色。


 和の国の出身と言われても違和感はあった。


 おまけに顔立ちも父にも母にも似ていない。


 そのことからもしかして血の繋がった親子ではないんじゃ……と疑っていた。


「あなたは確かに半分は和の国の血を引いている。ですがもう半分はこのミルベイユの血。だから、和の国の民にしては髪や瞳の色素が薄いのです」


「……薄々そんな気はしてたよ。父さんの子にしても母さんの子にしても、ぼくの外見はおかしかったから。でも、もしかしたらどちらかとは血が繋がってるんじゃないか。浮気の結果できた子じゃないか。そう思ったから問えなかった。でも、父さんとも母さんとも血が繋がってなかったんだ?」


 優哉の口調は淡々としていたが、それは諦めからくるものだった。


 優哉は父も母も好きだったし両親として敬愛していた。


 それがなさぬ仲だったと言われたのだ。


 ショックを受けないはずがない。


「あなたの本当の名はセイル・マクレイン」


「マクレイン? それって確か」


 この国の王家の者が名乗る姓だ。


 親しく振る舞ってくれたジェイクの面影が脳裏に浮かぶ。


「この国では第一王子以外は王子も王女も名乗れません。そのため第二王子以下の子供たちは、みな市井に養子に出されます。そこで一国民として生涯を終えるのです。ご自分が実は王家の出だということも知らされないままに」


 確かにこの国には歴代の王族と言えるのは代々の国王のみで、国王には世継ぎしか子供は確認されていない。


 それはなにもひとりしか産まれなかったからではなく、産まれても王子や王女を名乗れない立場だったからなのか。


「ですがそこでおひとりだけ王家に連なる扱いを受けるお子がいます。それが第二王子」


 ギクリと身が強ばった。


 これまで受けてきた分不相応なほどの優遇が思い出される。


 そして厳しすぎた教育の数々が。


「あなたの右手首にある刺青。それが第二王子である証です。王家に産まれたお子様に例外なく刻まれる刺青。中でも世継ぎの君と第二王子だけは一対の刺青を刻まれます。それが第二王位継承権を意味するのです」


 そういえばジェイク殿下も右手首にスカーフを巻いていた。


 優哉のように。


 優哉が右手首に巻いているスカーフを見たとき、ジェイク殿下はひどく驚いた顔をして見せてほしいと言ってきた。


 それが出逢いだ。

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