第18話─山の声、悲痛さと共に
ぽつ、ぽつ、ぽつと。雨が降り出す午後3時過ぎ。小さな水溜りに映る景色は、全くの変化を感じない。
冬夜が訪ねて来た翌日の今日、私は山に向かった。もちろん私一人なのでさらさら登る気はなく、麓の祠へと向かったのだ。
「雨が少し強くなってきたかな」
雨特有の匂いと、山全体を囲む匂いが混ざり始めた。
先日の冬夜の言うことが正しければ、椛はこの山の神さまに助けられたかもしれない。
少し前まで、私は神さまの存在なんで本気で信じて無かった。しかし、松原先生や冬夜の話を聞いてから、"もしかしたら" と思うようになっていた。
(椛は、いつもここで何を思っているのだろうか)
ふと気がつくと、既に広場に到着していた。いつもより蛙の鳴き声が響いて、少々五月蝿く感じる。
しかも祠の方から聞こえてくる。
「何かあったのかな」
まあ大丈夫だろう、と考える私。しかし現実は、楽観的な私の考えを裏切り、無惨に変わり果てた祠の姿を移していた。
「えっ!」
私は急いで祠に向かった。
祠を構成する木々が崩れ、元の形を保つのも精一杯である。また、辺りに供え物や神具が散乱し、私の力ではどうしようもできない程だった。
私は即座に祖父の言葉を思い出した。
『祠の状態は神の状態。祠が脆いと神さまも脆くなる』
盤石で安全な山であるには、神さまがちゃんと住むことができる匣が必要である。それが半壊した今、山は今とても危ない状態であるという事だ。
同時に、自分一人ではどうしようもない事態であることを察した。
「とりあえず連絡しなきゃ!」
ポケットから携帯を取り出し、急いで母に電話をかける。携帯からなるコールの音が、やけに長く感じた。
「もしもしお母さん! 今祠がヤバイ!」
「何がヤバイの?」
「崩れてる! 色々散乱しているから!」
それを聞いた母の雰囲気が一気に変わったのが、電話越しに伝わってきた。
「楓、その場の写真を送ったら今日はもう戻りなさい。あとは母さん達に任せなさい。あと、何も触らないこと」
「う、うん。分かった」
通話を終えた私は母の言うとおり、目の前の光景を携帯の中に収めた。絶えず蛙の声がけたたましく鳴き響くが、母の言うとおりそそくさと荷物をまとめ、その場を離れた。
「一体何があったのだろう」
改めて写真を見ても、誰かが故意にやったようにも見えるし、自然と崩れたようにも見える。
とにかくあの場の蛙たちは、祠の崩壊を知らせるように鳴いていたのだろう。
「それにしても最近、やけに蛙たちが出てくるなぁ」
寒くなってくるにつれて見かけなくなるものだが、最近はよく見かける。植生的にも、私の山にはあまり住み着かないとは思うのだが。
途中の帰り道でも、雨が多いせいかちょくちょく見かけたりする。私は蛙に好かれているのか? それとも呪われているのか?
♪〜
「ん? 誰だろう」
電話の発信元は千那だった。普段はSNSでやり取りをするが、電話をかけるとは緊急の用事だろうか。ふいに、先ほどの出来事が頭をよぎった。
「……もしもし?」
「もしもし楓、今から学校に来れる?」
「へっ? 学校」
幸い私が恐れていた事ではなく、ただの呼び出しであった。内心ホッとしつつ、時間を確認する。現在地は学校からそう遠くないので寄って行くのは可能である。
「まあ、ちょっとだけなら大丈夫だけど。どうかしたの?」
「楓の妹ちゃんの同級生の子かやってきて、楓に話があるって」
椛の同級生なら、私に色々聞きたいことがあるのだろう。
「うん、分かった。5分位でそっちに向かうよ」
「ありがとう! じゃあ校門前で待ってるね」
時刻は5時前、だいぶ日は傾いているので急いだほうがいいだろう。
「よし、行くか」
鞄を改めて背負い直して、私は駆け足で学校へ向かった。
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