壱─裏槭
「………」
辺りに蛙の声が響き渡る中、佇む。
「………」
辺りは暗く、月明かりが照らすのみ。
「………」
辺りを見渡し、声の主は一つ呟く。
「……そうか」
「……もうすぐか」
哀しみとも期待とも取れるその朧気な声も六十六の蛙声に消されるのみ。木々生い茂るその地に、明らかな敵意が禍々しく渦巻く。その間も、蛙たちは敵意を持って人の形を取り囲む。
その刹那、辺りを風が吹き抜ける。先刻までけたたましく鳴いていた声も、この世とは思えない空気も、泡沫の如く消え去った。そこを満たすのは静寂と寒気、そして血潮。残されたのは、六十の亡骸、侵略の形跡。
「来てしまったかのう」
その惨劇を木陰で見ていた者が一言、ぽつりと零す。その姿はローブに包まれ、夜の闇にひっそりと佇む。やがて六十の亡骸の元へ駆け寄ると、そのまま地に伏す。
「儂が蒔いてしまったばかりにお主たちを……」
儚く散った命に対し、己の罪を悔やむ。目の前で殺戮を傍観するしかなかった、無力さ。ただ一人その事実を受け止め、その場に立ち竦む。
ため息が一つ、二つ。今この場、響く音はこれのみ。
「……儂も、そろそろ覚悟をきめるかのう」
そう呟くと、たちまち声の主は消えた。一夜にして起こったこの事件は、寒さ漂う森に掛る月影に溶けて消えていった。
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