第一幕 楓の隨に

第1話─彩羽家

「ふあっ…… んー」

 

 雨音と携帯の通知音で覚醒した私は一つ欠伸をかく。どうやら疲れで少し眠っていたようだ。ここ最近の長雨のせいでどうもだるく感じてしまうが、課題が残っているから悠長に寝てなどいられない。少々ストレッチを挟んで体を伸ばす。

 

「さて、と。さっさと終わらせますか」

 

 そうつぶやくと私、彩羽楓あやばかえでは机へ向かった。

 

  

 時刻は7時を過ぎたとき、部屋の戸を誰かが叩いた。

 

「お姉さま、入りますよ」

 

「はいよー」

 

 入ってきたのは私の一つ下の妹、もみじだった。椛はたまに不思議なことを言うがそれ以外は私と同じ普通の女子高生だ。

 

 髪を何色にも染めている私を洋とするなら彼女は和だ。長い黒髪で凛とした顔立ち、淑やかで落ち着いた雰囲気である。そんな対照的な私たちだが仲は悪くない。少なくとも彼女の振る舞いが変わるくらいには。

 

「お母さまの試作品の天ぷらが完成したようなので呼びにきましたがその」

 

「おっ、いいね! 行く行く~」

 

「でもその様子だとお姉さままだ宿題やっていたのでは……」

 

「まあまあ細かいことはいいから♪」

 

 実際難問に頭を悩ませていたが何とか言いくるめて母のもとへ向かった。

 

 私の両親は二人で天ぷら屋を営んでいる。お父さんの実家も天ぷら屋だったため家業を継いだ形だ。そのため古くからのお客さんも多いが、最近リフォームしたことによって比較的若いお客さんも増えてきたかもしれない。

 

 正直このリフォームに対して不安があった。古く良き雰囲気を壊していいのかと心配だった。しかし、件のリフォームは母の提案だった。

 

 お母さんは自由人だがとにかく賢い。母曰く、

 

「重苦しいことに囚われず調和が大切なのよ♪」

 

 と思い切ったことを提案することが多かった。でもそれら全てが良い結果へと導くからいつしか、『母ならなんとかできる』という認識が家族で出来上がっていた。尤も椛だけは、澄ました表情で母の奇行を見ていたけれど。

 

 試食会と言ってもただの夜ご飯ではある。そのため私たちはリビングに向かった。


 食卓には薩摩芋や茄子などの基本的なものから、ヤバそうな野草や何かも分からないような肉など多種多様であった。


 傍からみたら闇鍋でもしたいの? って言われてもおかしくないけど、まあ母のことだし命に影響はないでしょう。

 

「二人とも来たわねぇー」

 

 当の本人が嬉しそうに口を開けた。

 

「またヤバそうなものもあるし。今度は大丈夫だよね?」

 

 私は疑いつつ訊ねる。母は変わらずこう答える。

 

「そのあたりはお父さんに任せてあるから大丈夫よ♪」

 

「またお父さんねぇー。そろそろ過労で倒れると思うよ。」

 

 いつも母が暴走しないようお父さんがストッパーとなっているが今回ばかりはどうなるだろうか。

 

「まあ今回は食材の選別だからな。命に関わるようなものはないから安心して食べな」

 

 その選別をした本人はそう語る。

 

「まあそういうことなら……」

 

「お姉さま、せっかくの夕食が冷めてしまいます。そろそろ頂きましょう」

 

 そう妹に諭され、不満足ながら私は口を噤んだ。

 

 その後の夕飯で、数々の珍品を食したが、イメージに反して美味しかったものが多かった。特にカエデの天ぷらにはびっくりしたけど、一部の地域で食べられているらしいので、その美味しさはお墨付きのようだ。

 

 時折母のことが信じられなくなるが、食べ終わる頃にはもうどうでも良くなった。数多の満足感とともに私たちは夕飯を終えた。

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