第5話

 こちらです、と療養所の看護人が俺を案内した。

 郊外の緑の多い田舎の、更にその外れに療養所はあった。


「患者さんを見ても驚かない様にして下さい」


 看護人はくれぐれも、と念を押した。


「ここは様々な性病に冒された人々、しかもある程度の身分がある方が収容されています。サロイネンさんは経済的な面では入ることは難しかったのですが、一応貴族の立場ですので」


 と彼女の立場を説明された。

 それぞれ個室が用意されている様だが、病院地図によると、大部屋と小部屋の違いは確かにあった。

 その小部屋の一つにウルスラは居るという。

 驚かない様に、か。

 ノックをして入ると、誰、と聞き覚えのある声がする。

 俺からしたら、懐かしい声だ。

 だが、いつもの気丈ではきはきとしたそれとは違い、酷く弱々しい。


「俺だ。マルティンだ。覚えているか?」


 そう言って、ベッドにかかったヴェールの向こうに問いかける。


「マルティン……? ああ、そんな男も居たわね…… でも確か、兄さんが、伯爵家に嫁したって言ってたし…… そう、確か、兄さんが今度嫁する…… ああそうか、そうなんだ」


 ふははははは、という笑いが、弱々しいままヴェールの向こうで聞こえる。


「な、何を笑うんだ…… 俺達はかつては愛し合った仲じゃないのか?」

「嫁するところも決まってる男だから、こっちから何も出さなくていいからと遊んだだけじゃない…… 何言ってるの……」


 何だこれは。

 これは本当に、俺の知っているウルスラなのか?


「でもあなたといくらやったって子供はできないし。ああきっと種無しなのね、と思って切ったはずでしょ。何を今更」

「君は…… そんな思いで俺を」

「何言っているの。健康ならできるだけ子供を作らなくちゃならないのよ。できない男といつまでも付き合っていなくちゃならない道理が何処にあるっていうの……」

「君は俺を好きではなかったのか?」

「その時は気に入っていたけど、嫁することが決まってる男に執着してどうするの。女が子供を産める期間は決まってるのよ……」


 そういったあと、ヴェールの向こうの彼女は大きく息をつき、そしてやや苦しそうに咳き込んだ。


「だ、大丈夫か」


 思わず俺はそこでヴェールを開けてしまった。

 そして後悔した。

 彼女の身体は顔から身体から、包帯だらけだった。

 しかもその顔の殆どが覆われていて、――鼻の部分に高さが無かった。


「……何その顔は」

「病気、病気って……」

「……うちは子種があるかどうか判らない男を嫁させる程余裕がある訳じゃないことなんて、昔も知ってたでしょ、何言ってるのさ。だから結婚は無しであちこちの男と付き合っていたら、そのうちの一人が病気を隠していやがって」


 俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 ……これが夢ならすぐさま覚めてくれ……!

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