第3話

 馬丁の元に向かう。


「馬車を…… すぐに出してくれ」


 そう、街へ出よう!

 そして今のこの状態が嘘だ、と俺に信じさせてくれ!


「……もうあんたには出す必要はない、って旦那様がおっしゃいましたからね」

「旦那って俺……」

「何を言ってるんです。この家の当主様、すなわち旦那様はエディット様に決まっているでしょう。あんたはただの婿に過ぎないし、もう旦那様からあんたは種なしだから追い出すと言われてますよ。と言うか、もう家から出たということは、離婚の書類にサインしたんでしょう? だったら俺は使われる謂われは無いですな。何処へでも――ああ、そう言えば、あんたの新しい家までは送れ、と言われてましたな。はい荷物」


 そう言われて俺の前に置かれたのは、三つのトランク。

 そうか。俺の荷物ってこれだけだったのか。


「それと新しい家の鍵。当座の金はもう貰ってんだね? じゃあ行こうか」


 そしてそのまま、俺は馬車に乗った。

 いつもの箱馬車ではない。使用人が買い出しに行く時のものだ。

 くっ……

 トランクの一つを抱きしめる俺は、知らず、涙が出てきた。


「いやー種無しは残念だったねえ。でもまあ仕方無いよ。あんたそれでもちゃんとこの家の事業に関わってればともかく、実家がいい家だったからって、何もしなかったんだから、仕方ねえよな」

「そんなに俺は何もしてなかったって言うのか?」

「そりゃあしてなかったさ。普通の婿ってのは、嫁してから旦那様に捨てられない様に、事業できっちり精を出すか、そうで無ければ確実に種がある能力のある男を旦那様に紹介するだけの伝手を求めるとかそういうことをするもんだ。それもできず、ただ遊び暮らしてたら、何処の家だってそうするさ。大きな家ほど政略結婚だからな。あんたそれすら知らなかったのか? それとも記憶喪失か?」

「記憶喪失…… そうなのかもしれない……」


 そうだ。

 俺の知っている世界とはあまりにも違いすぎる。

 俺がどうかしてしまったのか、それとも俺が知らないうちに世界が変わってしまったのか。

 悶々とそんなことを考えていると、やがて「新しい家」に着いた。

 ありがたいことに街中だが、どうやら集合住宅らしい。


「さて、確かここの二階の三号室とか言っていたな。鍵鍵。トランク一つくらいは持ってやるよ」


 馬丁はそう言うと、そのままその集合住宅へと一つトランクを持って入って行く。

 さっさと来いよ、と彼は俺を呼んだ。

 鍵を開けると、そこはがらんとした二部屋だけの場所だった。


「ほい鍵。旦那様の買い取りだが、まあ自分の立場をわきまえな」


 そしてぽん、と俺の肩を叩いて、馬丁はその場から去っていった。

 家具は古そうだが、一応寝台もクロゼットもある。

 小さな厨房めいたものもある。

 と言うことは、自分でここで食事も作れということか。

 俺はまだ布をかけたままのソファの上に力なく座り込んだ。

 ぽはん、とほこりが飛んだ。 

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