第185話 エンペラークラブ

「キャアッ!」


「がう!? 何ですのっ!?」


 突如として現れた巨大カニに気がついて、ミリーシアとティーが悲鳴を上げる。

 ロズベットもまた腰のナイフに手を伸ばすが、途中で水着になる際に外していたことを思い出す。


「参ったわね……文字通りに丸腰じゃないの」


「いいから、さっさと浜に上がれ! アレは俺が潰す!」


「姫様、こちらです!」


 レンカがミリーシアを誘導し、ティーとロズベットも浜辺に上がる。

 リコスも捕まえたカニを頭上に掲げて、小動物のように走っていった。

 そうしているうちにも、沖に現れた巨大カニ……エンペラークラブがグイグイと水を掻き分け、こちらに近づいてきている。


「とりあえず……味見といくか」


 カイムは浅瀬に立って、エンペラークラブに人差し指を向けた。


「【飛毒】」


 指先から紫色の液体が噴き出し、数十メートル向こうにいるエンペラークラブに命中する。しかし、硬い甲殻の表面で弾かれてしまう。


「キシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


「なるほど……硬いな」


 強酸性の毒を撃ったはずなのだが、甲殻は少しも傷ついていない。

 体内に直接注入したのならばまだしも、外から毒をいくら撃っても無意味だろう。


「そうなると……接近戦か。望むところだな」


「キシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ」


「フッ!」


 エンペラークラブはすでに十メートル程の距離まで近づいてきている。

 カイムは跳躍して、そのまま海面を駆けて敵に接近した。水の上を走っているわけではない。圧縮魔力で足場を作っているのだ。


「キシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


「五月蠅せえ、黙れ」


 エンペラークラブがカイムめがけて、ハサミを振るってくる。カイムは身体を捻って回避して、そのまま硬い甲羅で覆われた背中に着地した。


「【応龍】!」


 闘鬼神流・基本の型――【応龍】

 発剄によって、エンペラークラブの体内に圧縮魔力の衝撃波を叩き込んだ。


「キシュウッ!」


 エンペラークラブが悲鳴を上げて、悶絶する。

 いかに硬い甲羅を持っていたとしても、身体の内側を攻撃されているのだから、さぞや痛いことだろう。

 エンペラークラブがジタバタと両手のハサミを無茶苦茶に振り回して、背中のカイムを振り落とす。


「キシュウッ! キシャアッ!」


「デカいだけあって、生命力も強いか……一撃で潰すのは厳しそうだな」


 思った以上に骨がありそうである。

 カイムは叩き潰そうとしてくるハサミを回避して、右腕を振るう。


「【青龍】!」


 闘鬼神流・基本の型――【青龍】

 刀のように研ぎ澄まし、高周波ブレードのように振動させた魔力の刃を振るう。

 狙いすました一撃が捉えたのは、エンペラークラブのハサミ……その関節部分である。

 甲羅に覆われていない部分を的確に斬りつけられて、一方のハサミが切断された。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


「そういえば、本で読んだことがあるな。カニ……『蟹』というのは、『解体しやすい虫』という意味の名称らしいぞ?」


 絶叫するエンペラークラブに向かって、カイムが皮肉そうに両手を打ち合わせる。

 刃となった圧縮魔力を纏った両手が、ジャキンジャキンと高い金属音を鳴らす。


「その名前の通り、バラバラに解体してやるよ。晩飯のおかずは多い方がリコスだって喜ぶだろう?」


「キシュウッ……!」


 エンペラークラブがジリジリと後ずさる。

 ここに来て、巨大な魔物はようやく悟ったのだろう。自分が襲ってはいけない人間にハサミを向けてしまったことに。


「もう遅い。泳ぎを極めた俺に隙はない」


 カナヅチの頃ならば水を恐れて逃がしてしまったかもしれないが、もはや逃走を許す要因はなかった。

 カイムは獣が牙を剥くように笑いながら、エンペラークラブに斬りかかっていったのである。

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