第173話 ガランク山決戦ー化

「クオオオオオオオオオオオンッ!」


 リコスが獣のように吠えながら、風の刃が渦巻く中に飛び込んでいく。

 それは傍目には自殺行為のように見える。リコスの小さな身体は次の瞬間には、無数の刃によって斬り刻まれることだろう。


「クウッ!」


「おおっ!?」


 だが……次の瞬間には、リコスが『不死蝶』の前にいた。

 竜巻を超えて、数秒とかからずに飛び込んできた。

 そして、『不死蝶』の身体を正面から殴りつける。


「オオ、驚いたのう……まさか正面突破してくるとは……!」


 リコスの顔面に小さな拳が突き刺さる……そうかと思いきや、拳と顔の間に黒い蝶が割って入り、攻撃を防御する。

『不死蝶』がゴスロリドレスを翻しながら後方に飛んで、リコスの姿に苦々しい顔になる。


「おやおや……お転婆な子だのう」


「クウウウウウッ……!」


 唸るリコスであったが……その全身は風に斬られ、無数の傷を負っていた。

 風の刃を防いだわけではない。回避したわけでもない。

 ただ……怪我を顧みることなく飛び込んできたのだ。まるで恐怖という感情がないかのように。


「魔力を急所にのみ集中させ、致命傷だけは避けたのか。よもやよもや、見事な覚悟ではないか!」


「クウッ!」


「おっと……危ない、危ない」

 リコスが再び地面を蹴って、距離を取った『不死蝶』を追いかける。

『不死蝶』が蝶を操り、風を放って攻撃するが、リコスは構うことなく正面突破を図ってきた。

 身体をひねり、縮めて、ダメージを最小限に留めて。血が流れることも構わずにひたすら攻めて攻めて攻めてくる。

 命を削るような攻撃が『不死蝶』に届くことはない。

 それでも……死を恐れぬ覚悟は背筋を凍らせるようなものだった。


「クウウウウウウウウウウウウウウッ!」


「侮っていたつもりはなかったが……これが若さなのかのう。ここまで無鉄砲に攻めの一手を選べるとは、末恐ろしいことじゃわい」


 リコスの拳をいなしながら、『不死蝶』が困った様子で唇を歪ませた。

 リコスを殺すだけならば容易いことである。このまま攻撃を続けていれば、いずれは失血死することだろう。

 だが……『不死蝶』の目的はリコスを殺すことではない。同胞である彼女を保護することだった。


「隠れ里に連れて帰ろうかと思ったが……この様子では生け捕りは難しそうじゃのう」


「クオンッ!」


「仕方がない……ちょっと、本気を出してみるかの」


『不死蝶』が溜息混じりにつぶやいて、両手を広げた。

 大量の蝶が密集していき、『不死蝶』の身体を覆い隠す。


「クウッ!」


 大量の蝶に隠れた『不死蝶』を、リコスが一瞬の躊躇もなく殴りつけた。

 拳に確かな手応えがあったが……直後、リコスの小さな身体が投げ飛ばされる。


「んう……?」


 リコスが回転しながら地面に着地する。

 顔を上げて『不死蝶』を見ると……その姿が大きく変貌していた。


「クウッ……!?」


「驚いたじゃろう? わっちら人魔には、こういうこともできるのじゃよ」


 そこにいたのはゴスロリドレスに身を包んだ幼女ではない。

 二十代半ばほどの年齢の美女が立っていたのだ。

 黒と白の髪、着ている服は変わらない。ただし、ツインテールは解けており、服の丈は明らかにあっておらずムチムチになっている。


「もともと、わっちはアラサーじゃからのう。知っておるか、三百歳代のことをそう呼ぶんじゃよ?」


「クウッ!?」


「ほれほれ、ここからが本番じゃよ」


 先ほどまでも優位に戦いを進めていた『不死蝶』であったが……ここからはさらに一方的だった。

 特攻を仕掛けようとするリコスであったが、見えない力によって抑え込まれて身動きが取れなくなる。

 まるで糸で吊り上げられた人形のように、自分の意思では動けない。


「動けぬじゃろう。そのままにしておるが良い」


「クウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 風がリコスの身体を抑え込む。

 振り払おうと暴れるが……指一本動かせない。

 圧倒されるほどの制圧力である。空気にどれだけの魔力を込めれば、これほどの硬度と圧力を生み出すことができるのだろうか。


「心配せずとも、すぐに手当てをしてやろう。その後でゆっくりと世間の厳しさを教育してやるとしようかのう」


 慈愛を込めた声でつぶやいて、大人の姿となった『不死蝶』がリコスに歩み寄る。

 リコスが動かない身体に力を込めて殴り飛ばそうとするが……やはり、見えない圧力に抑え込まれてしまう。


「安心せよ、やや子よ。すぐに他の同胞達に会わせてやろう。きっと、お主も新しい仲間のことを気に入って……」


「クオッ! クオオオオオオオオオオオンッ!」


「………………ウム」


 リコスが高々と吠えた。

 すると……空気によって抑え込まれているはずのリコスの身体が大きく震えて、肉体が内側から膨張していく。


「フウム……予想外というわけではないが……なるほどの。一目見ただけで真似をするか」


 困った様子でつぶやく『不死蝶』。

 彼女が見ている前でリコスが変貌していく。

 風に切り裂かれていた服の残骸が破れて裸になり、その下から現れたのは傷一つない玉のような肌。負っていたダメージが残らず回復する。


「クウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 そして……現れたのは緑髪の美女だった。

 豊かな乳房を揺らしながら、八重歯を鋭く尖らせた美女が咆哮を放った。

 年齢は二十歳前後。妙齢の美女の姿となったリコスが、大気の拘束を振り払って『不死蝶』めがけて拳を振り上げた。






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