第49話 侵入


 領主の屋敷は町の中央にあった。

 カイムが生まれ育ったハルスベルク家の屋敷よりもずっと大きな建物で、周囲を高い塀で囲まれている。

 屋敷の入り口には憲兵が立っており、塀の外周を同じく憲兵が巡回していた。厳重な警備が敷かれているようだ。


「がう、ミリーシアさん達の匂いはあの屋敷の中に続いていますわ。間違いありませんの」


「つまり……あそこに二人が捕らわれている。最初の問題は門の前にいる憲兵だな」


 最終的に侵入がバレるにしても、騒ぎになるのは後の方がいい。

 ミリーシアとレンカがどんな状態なのかもわからないのだ。場合によっては、怪我して動けない二人を抱えて逃げなくてはいけなくなる。


(大騒ぎになる前に脱出したい……まあ、侵入するだけなら問題はないな)


「ティー、俺の身体に掴まれ」


「はいですわ!」


 ティーが言われたとおりにギュッと身体にしがみついてくる。

 カイムは腰を落として足に力を溜め、大きく跳躍した。


「闘鬼神流――【朱雀】」


 カイムは圧縮した魔力によって空中に足場を作り、ヒョイヒョイと重力を無視した動きで塀を越えていく。


「あ!」


「げ……」


 塀を越えて庭に着地すると……ちょうど屋敷の敷地内を巡回していた兵士に遭遇した。

 兵士は上から降ってきた侵入者に声を上げようとするが、それよりも先にカイムの指先から毒の弾丸が放たれる。


「【飛毒】」


「むぐっ……………………うう、グー、グー」


 男が地面に倒れて寝息を立て始めた。致死性のある毒物ではなく、ただの睡眠薬である。


「とはいえ……俺は弱い毒の扱いが不慣れなんだ。そのまま永遠に寝ちまったら悪いな」


 軽い謝罪の言葉を置いて、カイムは屋敷の建物に近づいていく。カイムにしがみついて侵入したティーも一緒である。

 夜間のため、屋敷の窓は閉じられていて鍵もかかっている。カイムは壊してこじ開けようかと思案するが……少し離れた場所でティーが手招きしている。


「カイム様、こっちですわ。こっちの窓が開いてますの」


「お、でかした」


 カイムとティーはたまたま鍵が開いていた窓から侵入する。

 ティーが侵入する際に大きな胸がつっかえそうになっていたが……それはともかく、無事に屋内に入ることに成功した。

 侵入した部屋には誰もいない。客間らしきそこには家具一式が置かれており、廊下に続いていると思われる扉がある。


「問題は二人がどこにいるかだが……基本に忠実に行くのであれば、地下牢とかに閉じ込められているのかな?」


「がう、匂いが残っていればわかりますわ。とりあえず見て回ってみますの」


 カイムとティーが扉をくぐると、ランプの置かれた廊下には人の姿はない。


「カイム様、こっち。こっちから匂いがしますわ!」


「お、見つけたか?」


「がう、間違いありませんわ! この発情期の犬のような匂いはレンカさんに違いありませんの!」


「発情って……」


 カイムは「おいおい……」と呆れ返る。

 二人とさほど親しくないのは知っているが、その譬えはないだろう。

 口の悪いメイドを視線で咎めようとするが……ティーの表情は真剣そのもの。ふざけている雰囲気はない。


「がうううう……本当に発情してますの。早く様子を見に行った方がいいですわ!」


「……わかった」


 獣人のような超人じみたな直観はないがカイムにも嫌な予感がしてきた。

 ティーの案内に従って進んでいくと、そこには下に通じる階段がある。どうやら、本当に地下室があるようだ。

 足音が鳴らないように注意して階段を下りていくと……地下から下卑た声が響いてくる。


「ハッハッハッ! 見ろよ、この女! なかなか良い身体をしてやがる!」


「澄ませた顔してざまあないぜ! ヒャハハハハハハハハハッ!」


「くっ……殺せ……」


 男達の声に交じって聞こえてくるのは悔しさに満ちた女の声。探し人の一人であるレンカの声だった。


「…………!」


 カイムが壁に身を潜めて階下を窺うと、そこは地下牢になっているようだ。松明の明かりに照らされて金属の格子で覆われた牢屋と、牢屋の前で騒いでいる二人組の男達の姿が見える。

 鉄格子の奥まで目を凝らすと……そこには一人の女性が閉じ込められていた。案の定、太守によって連れ攫われたレンカである。

 レンカは一糸まとわぬ全裸の格好で閉じ込められており、牢屋の中で座り込んで悔しそうに表情を歪めていた。


「ああっ……私はまたこんな屈辱を……! んんっ……殺せ、もう殺してくれえ……!」


 レンカはプルプルと小動物のように震えながら、両腕で自分の身体を抱きしめている。

 身体に目立った外傷はない。服を脱がされてはいるものの、乱暴をされたわけでもなさそうだ。

 肌を朱色に染めて泣いているレンカは、一見すると牢屋に囚われて怯えているように見えなくもない。だが……よくよく見れば、レンカの顔には『怯え』や『恐怖』以外の感情が見えていた。

 その感情は……『情欲』。レンカは牢につながれて裸にされながら、どこか媚びた牝の顔をしていたのである。


「おいおい……マジかよ」


 身を隠しながら、カイムは顔をひきつらせた。

 ティーが『発情期の犬』と称していたのはこういうことだったのか。流石にこの光景は予想外である。


(あの時のように薬を盛られている……? いや、違うな。今のレンカからは薬物の気配は感じない)


『毒の王』であるカイムが薬や毒を見逃すわけがなかった。賭けてもいいが、今のレンカは媚薬の類を飲まされて発情しているわけではない。


(まさかとは思うのだが……敵に捕らわれて裸にされたことで興奮して発情した? いや、変態かよ)


 カイムの認識ではレンカはお堅い性格の女騎士のはずなのだが……そんな印象も揺らいでしまう姿である。

 見張りらしき男達の視線を受けてビクビクと痙攣する姿からは、実直で真面目な女騎士のイメージは完全に消え失せている。

 そこにいるのは一人の女。それ以上でもそれ以下でもなくなっていた。


「なあなあ! もうこの女、犯っちまおうぜ! こんな発情しきった顔を見せつけられて我慢できねえよ!」


 艶姿を見せるレンカにとうとう堪えられなくなったのだろう。男の一方が前かがみになった姿勢で鉄格子に縋りつく。もしも両者を阻む鉄の壁がなかったのなら、勢いのままに襲い掛かっていたことだろう。


「ダメだ、抑えろ。この雌犬はあの女との取引材料だ。太守殿の許可が下りるまで手を出すんじゃねえ」


「あの女って……コイツの連れだよな? 何者なんだよ、太守殿が直に話をしたいって」


「さあな。だが……この女を無事に解放することを条件に、太守殿はあの女に言うことを聞かせるつもりらしい。コイツを手籠めにするのは交渉決裂してからだ」


「ってことは……交渉が無事にまとまっちまったら犯れねえじゃねえか! 畜生、蛇の生殺しだぜ!」


 男が苛立ったように鉄格子を叩く。

 非常に興味深い話をしているが……いい加減、カイムの方も限界である。


(これ以上、仲間をさらし者にするわけにもいかないだろ。本人が助けを望んでいるかどうかはともかくとしてな――!)


 カイムは床を蹴って飛び出した。

 男達がカイムに気が付いて視線を向けるが、声を上げるよりも先に先制攻撃を仕掛ける。


「フッ!」


 床を蹴り、牢屋の壁を蹴って跳躍する。そのままの勢いで見張りの一方の頭部を蹴りつけて粉砕した。


「ガッ……!?」


「て、テメ……」


五月蠅うるさい」


「グアッ!?」


 続けて放たれた抜き手が、もう一人の見張りの頸部を突く。

 喉を……その奥にある脳幹と頸骨を破壊されて、男が糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちる。

 二人の見張りを無力化するまでにかかった時間は三秒にも満たない。驚異の早業である。


「助けに来たぞ……必要だったかは知らんがな」


「うっ……き、貴様は……」


 レンカが顔を上げて、カイムの顔を見つめてきた。潤んだ瞳がカイムを捉えた途端、涙の筋が頬に流れた。

 レンカの整った顔立ちはメロメロに蕩けきっており、先ほどよりも情欲の色が強くなったように感じられたのである。






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