第18話 護衛依頼
盗賊のアジトである洞窟から出たカイムと女性二人は、そのまま壊れた馬車が転がっていた街道まで戻った。
そこにあった痛ましい光景は変わらない。馬車の周囲に倒れている男達の姿に、ミリーシアが痛ましげに声を漏らす。
「皆さん……私を守るためにこんなことに……」
「お嬢様……」
地面に崩れ落ちて唇を震わせるミリーシア。護衛のレンカがその背中を支えて、こちらも表情を蒼褪めさせる。
馬車の周囲に倒れている男達はミリーシアを守る護衛だったらしい。
主人を守るために襲撃してきた盗賊と戦い、力及ばず倒れてしまったようである。
ミリーシアは盗賊によって連れていかれ、護衛の中で唯一の女性であったレンカだけが生き残った。
(どれだけ勇猛果敢に戦ったとしても、結果的に護衛対象を守れずに奪われていることだし……主人に泣いてもらう資格があるとは思えないがな)
カイムは頭の中でそんなドライな感想を抱いたが、もちろん、この場で口に出すことなく別の事を提案する。
「そいつらの身体を埋葬するつもりなら手伝うが……どうする?」
「……いえ、指輪に入れて連れていきます。私を守るために死んでしまった彼らを、せめて故郷の地で弔ってあげたいので」
ミリーシアは唇を噛みしめて悲しみを堪えながら、護衛の遺体を空間魔法がかけられた指輪に収納していく。
最後に壊れた馬車の残骸をしまうと……俺の方に向き直って頭を下げる。
「改めて……ありがとうございます。カイムさんのおかげで私達は救われ、こうして臣下を弔うこともできました。この御恩は一生忘れません」
「別に構わないけどな。俺だって収穫はあったわけだし」
カイムは盗賊から奪った戦利品を収めたマジックバッグを叩き、肩をすくめる。
金に困っていたわけではないのだが……今のカイムは無職で何の後ろ盾もない
「つきましては……カイムさんに何かお礼をしたいのですが、その……」
ミリーシアは言いづらそうに言葉を濁し、形の良い眉を『ハ』の字にする。
「……今の私はわけあって旅の最中。着替えや食料はありますが、路銀に余裕があるわけでもありません」
「ああ、別に礼なんていらないって。気にするな」
「いえ、命を救われたというのにそういうわけにはまいりません! それに、その……」
ミリーシアはまたしても言葉を止めて、両手の指を合わせてモジモジと恥じらうようにする。
カイムが首を傾げていると……仕方がないとばかりにレンカが進み出てきた。
「盗賊から助けてもらった礼もしていないのにこんなことを頼むのは恐縮なのだが……貴殿を護衛として雇いたいのだ」
「俺を? どうして、また?」
「……騎士として恥をさらすようだが、私だけではお嬢様を守ることは難しい。これまでの非礼は謝るので、どうか助力をいただけないだろうか?」
レンカは悔しそうな表情で頭を下げる。
彼女とて分かっているのだろう。今回のようなアクシデントがあった場合、自分だけではミリーシアを守り切れないことが。
力不足を認めるのはさぞや悔しいことだろう。カイムのことを完全に信じたわけでもないのだろうが……それでも、主人のために恥を忍んで頭を下げているのだ。
「うーん、言いたいことはわかるが……君らはどこに向かっているんだ?」
「この国の王都に行くつもりです。カイムさんにはそこまでご同行をお願いしたいのです」
カイムの問いにミリーシアが答える。
「すぐに御礼は用意できませんが、必ず報酬をお支払いいたします。ですから、どうか私達とご一緒してはいただけないでしょうか?」
「王都か……」
真摯な訴えに心を動かされそうになりながら……カイムは残念そうに首を振った。
「……ダメだな。行き先が王都じゃ一緒にはいけない。俺の向かっているのと逆方向だからな」
カイムの向かっているのはジェイド王国の東にあるガーネット帝国。王都がある西とは逆方向である。
寄り道が許されないほど旅を急いでいるわけではないが……だからといって、悠長に遠回りをするつもりはなかった。
(この国は十三年前に『毒の女王』の被害を受けている。俺が彼女の力を引き継いでいるとバレたら、余計なちょっかいをかけてくる人間だっているだろう)
今のカイムであれば簡単に討ち取られることはないだろうが……余計な戦いがしたいわけではない。
カイムの目的は新しい故郷と家族を見つけることであり、戦いを好む戦闘狂というわけではないのだから。
(俺がぶちのめした親父だって、このまま黙っていてくれる保障はない。毒を受けた身体をまともに動かせるようになるまで時間がかかるだろう。だが……アレでも一応は伯爵だ。俺を犯罪者としてお尋ね者にすることくらいはできるはず)
最悪の場合、ジェイド王国の全兵力を敵に回しかねない。
家族を作るどころか、新たに起こるであろう戦争の中心になる恐れもあった。
(勘弁しろよ……こっちは家族を迎えて平穏な生活がしたいだけなんだよ。世界を脅かす災厄になんてなるつもりはない)
「……そういうわけで、君らを王都まで護衛はできない。近くの町までだったら送っていってあげるから、そこで人を雇うと良い」
「そうですか……ちなみに、カイムさんが向かっているのはどちらなのでしょう?」
「王国東方――ガーネット帝国。大陸東部の覇者と呼ばれている大国だ」
「ッ……!」
隠す必要もなく明かした目的地を聞いて、何故かミリーシアが瞳を見開いた。
しばし迷うように唇を震わせていたミリーシアであったが、やがて意を決したように声を発する。
「なるほど……そういうことでしたら、こちらも目的地を変更させていただきます」
「ん……?」
「改めて依頼を出させていただきます。私達をガーネット帝国の帝都まで送ってはいただけませんか? もちろん、報酬はお支払いいたしますので」
そう発したミリーシアの両目。青い瞳には強い覚悟の色が宿っていた。
急に行き先を変更してきたミリーシアに、カイムは怪訝そうに首を傾げたのである。
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