毒の王

レオナールD

プロローグ


「ああ、カイム様……」


「んああっ、素敵ですう……」


「ふあ、カイムさあん……!」


 熱い吐息が胸にかかる。

 鼓膜をくすぐる蜂蜜のように甘ったるい声。そこに込められた深い情愛が耳から流れ込んできて、脳が溶けてしまいそうだ。


(まったく……俺が望んでいたのはこういう事じゃなかったんだけどな……)


 柔らかく温かい重みを全身に感じながら、その青年――カイムは心中で溜息を吐く。


 カイムはキングサイズの大きなベッドに横になっていた。

 大人が両手両足を伸ばしてもなお余裕のある大きさのベッドだが、そこには複数の人間が所狭ところせましと乗っており、マットレスがギシギシと小刻みに上下している。


 仰向けに横になったカイムに跨っているのは複数人の女性だった。

 年齢、種族、国籍、髪や肌の色。あらゆるものがバラバラの女性らだが……彼女達の瞳は共通して情欲に染まっている。

 潤んだ瞳はカイムの姿だけを映していた。花びらのような唇からは物欲しげにチロチロと舌が出入りしており、まる獲物を前にした蛇のようである。


 男を誘う官能の表情。本能に支配された牝の顔。おまけに……下着やネグリジェなど、いずれも肌を見せつけるような薄着を着ている。

 唯一の男であるカイムは、間近でそんな姿を見せつけられてクラクラとめまいを感じてしまった。


 この場にいるのはいずれも類まれな美女・美少女ばかりである。

 そんな彼女達がまるで毒に冒されたように理性を飛ばして、カイムのことを求めてくるのだ。

 これで平静を保つことができるとしたら、それは同性愛か、あらゆる煩悩を克服した聖者であるに違いない。


(実際、『毒』に冒されてるんだろうな……コイツらは)


 堪えがたい欲求に駆り立てられながら、カイムは頭の片隅に残された一抹の理性でそんなことを考えた。


 この場にいる女性はいずれもカイムの虜になっている。それは打算や恋愛感情だけが理由ではなかった。

 彼女達の身体はまさに毒物に冒されているのだ。全身を余すところなく甘い毒に支配され、本能を剥き出しにさせられてカイムのことを求めていた。

 そんな女性に手を出すことに……罪悪感がないと言えば嘘になる。


(だけど……きちんと責任を取らなくてはいけないよな。みんなを虜にしたのは俺だ。俺がいなくてはいけない身体にしたのは、俺の身体に宿っている『毒』なんだから)


「カイム様……どうか、どうか私にお情けをくださいませ……」


「……ああ」


 メイド服をはだけた美女が熱に浮かされたように言ってくる。

 カイムは仕方がなしに頷いて……彼女の細い腕を掴んで、柔らかな肢体を抱き寄せた。


 そう、責任を取らなくてはいけない。

 カイムは彼女達を支配者する王者――『毒の王』なのだから。

 自分の身体から出た毒のことくらい、キチンと責任を取らなくてはなるまい。


「家族が欲しいとは言ったけど……こういう意味じゃなかったんだけどな……」


「ああっ……」


 ぼんやりとつぶやき、カイムは腕の中の美女の唇を奪う。

 そんなカイムの腕や脚に別の女性が抱き着いてくるのを感じながら……カイムはここに至るまでの経緯を頭に思い浮かべた。


 これから語られるのは、一人の王の誕生の物語。

 後の時代において『名君』とも『暴君』とも……『魔王』とも称されることになる、一人の魔人の英雄譚。


『毒の王』と呼ばれた男の誕生と冒険の物語である。






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