キラー・パイナップル

武州人也

殺人パイナップルの襲撃

 一人の少年が、自転車を漕いでいる。息を切らしながら、ひたすら漕いでいる。背後から迫りくる恐怖から逃れるために。


 レジー少年の住む閑静な住宅街は突然、凶悪な「殺人キラーパイナップル」に襲撃された。なんであんな怪物が生まれたのかは一切判明していない。わかっているのは、空中を飛行し、ピラニアみたいな牙をもつパイナップルが、寄ってたかって人間を襲い始めたことだけだ。

 SF小説マニアのマイクも、レジーが密かに思いを寄せていたエミリーも、学校の近くの川でいつも釣りをしているジョージおじさんも、学校でいばりくさってる体育会系どもジョックスも……みんなみんな、パイナップルに貪り食われて殺された。

 林道をひたすら走ると、一つの木造小屋が見えてきた。あそこには、レジーの叔父であるアルバートおじさんが住んでいる。


 アルバートおじさん。彼は変わり者で有名だった。食料と武器を蓄え、人里離れた山小屋に居を構えている。四十八年独身を貫き通し、酒タバコは一切やらない。プロの害獣駆除ハンターで、家畜や畑を狙う害獣と戦っているのだという。

 母さんはたまに「心配だからちょっと様子見に行ってあげて」といって息子レジーを送り出す。もたされた土産片手に家を訪ねると、おじさんは笑顔で出迎えてくれて、マグカップになみなみついだ牛乳と、自分で仕留めた鹿肉の料理をふるまってくれる。だから、変わり者と言われてるけど、悪い人じゃないのだ。


 ペダルをこぎながら、ちらと振り向いた。すると牙をむき出しにしたパイナップルの群れが、まるでUFOみたいに浮遊しながらレジーを追ってくるのが見えた。あれに追いつかれて襲われたら、ひ弱な僕はあっという間に骨だけにされてしまう。

 あともう少しで小屋に着く……というところで、一つのパイナップルが僕の背に噛みついてきた。そのはずみで、僕は自転車から転げ落ちてしまった。


 ――ああ、終わりだ。


 五、六ほどのパイナップルが、レジーに殺到してくる。もう終わりだ。助からない。少年の心を、諦めが塗りつぶしてゆく。


 諦めかけたレジーの耳を、大きな銃声が襲った。少年に近づいてくるパイナップルが、次々と撃墜されてゆく。


「お、おじさん!」

「レジー、みなまで言うな。騒ぎのことはわかっている」


 アルバートおじさん救世主は小屋の窓から、ライフルを突き出していた。その銃口は、白い煙を吐いている。

 気づけば、レジーを追っていたパイナップルは全て撃ち落されていて、地面にごろんと転がっていた。白い牙が立ち並ぶ口を見て、この少年は背筋をぶるっと震わせた。

 アルバートおじさんは銃を壁にかけると、いつものようにマグカップになみなみついだ牛乳をレジーの前に出した。口の中に優しく広がるほのかな甘みが、この少年の緊張を少しばかり和らげてくれた。


「ここは自家発電設備があるし、地下にシェルターもある。ソ連アカどもの核兵器に備えて作ったんだがな、まさかパイナップルが襲ってくるとは」


 椅子に腰かけながらそう呟くおじさんの顔には、うっすら笑みが浮かんでいる。まるで「それ見たことか、俺の備えは無駄じゃなかっただろ」とでもいうかのように。


「母さんは職場にいて、身動きとれないみたいです。兄はアメリカにいません。カタールの米軍基地にいるみたいで」

「なるほどな」


 おじさんがこたえたそのとき、家全体にどん、と激震が走った。何者かが、家の外壁に衝突したのだ。


「あのクソッタレ果実fuckin’ fruitsどもが来やがった」


 おじさんはすぐさま席を立ち、床にある丸い銀色の蓋を開けた。その下には、それなりの広さをもつ地下室がある。


「いいか、俺が合図をするまで絶対に出るな」

「わ、わかりましたおじさん」


 レジーはアルバートの導きに従い、はしごをつかんで地下に下りていった。


殺人キラーパイナップルか……相手にとって不足なしだな」

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