夜砥ギ奘士⋚アザトラ
gaction9969
Causò-01:唐突ゆえ(あるいは、ディヌォーヴォなるは/乱世發華の/夜伽草子)
よぉういらっすった。はじゃがば、もてなしがん
……はて、昔の話がば聞きたいと。この国んこの。はずぁぁ、こいま
――
のんびりとした気候、人々の気性も概ね穏やかであったとされておりますの。が、平穏なる暮らしを営んでいたこの国にも、時代の流れと申しましょうか、戦火の影がちらついてきておったのです。
……なに、言葉も改まりもしましょうぞ。物語の世界へと嵌まりこんでしまう
……はてさて。事の発端は諸説ございますが、隣国の地方領主、
売り言葉に買い言葉、それも正論に大義を巻き付けたような穂先にて相手をねちねちと突っつき回すという、まあ此方のやり方もどうかと思うところはございますが、それが彼方の逆鱗を
……なに、「色氣力」とは、と。存じ上げないですと。
簡単に申し上げれば、「魔法」のごたる不思議なる力でございますよ。今や顕現できる人間はほぼいないとされておりますが、どっこい遥か昔には人々の営みと共に確かに在りもうした。
「色」を意識媒介として、自然や事象に働きかける、例えば火を熾さずして灯りをともしたり、湯を沸かしたり、とかですな。土壌を醸し、風雨を操り、植物を丈夫にして実りを増やしたり、木石を組み上げ建物を築き上げたり、病害疾病を治癒したり和らげたりと。そのような現在の人らから見ると、まこと不可思議の力にてございまする。そして、
……無論、平和的利用に用途は限りますまい。
我らがリク家にも自衛的組織はあったものの、あくまで領土内での自警、不測の事態に対し備えるという立ち位置であり、ヤクラのそれはまあ臆面も無い一個の「軍隊」そのものであって、彼我の戦力差はいかばかりかと。色氣力を存分に利用した暴虐の限りを尽くす輩どもに、たちまちの内に宇端田の中央、その中枢部までその軍勢をひと時も止めることも出来ず、侵攻を許してしまったのですな。
宇端田の領内東西を突っ切る
ヤクラ側も守るに適したここを落とせばの思いがあったのでしょうな。逃げ惑う領民たちには目もくれずに、その要衝のおよそ百
篠突く雨が視界を遮る中、その日の朝から続いた小競り合いの「攻城戦」はしかし、防衛側の采配と踏ん張りが功を奏し、悪天候の影響もあって一時小康の休戦状態となっておりました。この時代の兵力というのはこと色氣力に懸かっていると言っても過言では無く、つまりはどんなに鎧兜で武装した屈強な兵士を揃えたところで
……ああ、左様でございますな。それは女性でしかあり得ないのですゆえ。何故ならば、色氣力は「脳」の機能に影響を受けていると考えられておりまする。一般に女性は男性の実に「八倍」ほどの出力・許容量を生まれながらに有しておると言われておりましてな、畢竟、政治経済の中心は女性によって動かされておりましたし、いわんや戦乱の世などにおいては男衆などまさに
ただしその無敵の能力にも
ともかく此度の「戦」では、先方の硬い守備に業を煮やした攻め方、横暴さでは右に出る者なしと言われたヤクラ家の巨漢悪漢たる重臣、サインバ=ルタ・
息をひそめ、互いの動向を探り合う、静かなれど張りつめた空気が敵味方合わせて沼の底に落とし込んでいくかのような、そのような雨夜の刻……
この時は、この場にいる誰もが、そしておそらくは双国の者たち、否、列島に在る者たち全てが。
のちに全土を席巻していく激しき動乱のことなど、そして急転直下の乱世へ落とし込まれるという厳然たる歴史の語る事実も、知る由も無かったのでございます。
その発端が、この夜にあったということさえも。その端緒を開いたのが、たった一人の男であったということさえも……
さてさて長々しい前口上もここまで。血で血を洗うが如くに生臭く殺伐としていながら、どこか妖艶にて絢爛たる、「
――
「……この喫緊の折に、何用だッ!! 今が何の時か、いかな下賤なる貴様でも分かろうものッ!!」
闇を照らすのは、照度の絞られた「灯り」。色氣力により建屋内を一様に薄ぼんやりとした明るさに保っているのは、灯りの場所によって敵に居場所を悟られないためである。
その頼りなく淡い光の中に佇むは、妙に姿勢の良い、身の丈二mはありそうな引き締まった体躯をした黒髪の青年。黒い膝下まで届く長いマントを羽織り、その下の身体にぴったりとした装束の一切も全てが黒色。さらにはそこだけが眩く見えるほどの、対照的な白一色の長剣を佩いている。
「……さなる時ゆえ。
地の底より這い上がるかのような低音。口許をほぼ動かさず、周囲わずかにしか届かぬであろう抑えた声色にてそう応えた青年の、目元は豊かな頭髪に覆われており、感情を窺い知ることは出来ない。
「……口の利き方を知らんのか? 聞いているぞ、母親の功労により、身の程をわきまえぬお情け『
その眼前、背後に見える大扉を自らの身体で遮るようにして叱声をぶつけかけているのは……これまた二mはあると見受けられる、鮮やかな藍色の髪を頭頂部あたりで一つに結わえた、褐色の肌の華奢ながら出る所は出ているという流麗な肢体の若い女性であった。鋭く吊り上がった瞳は野生動物の趣きを感じさせる。身体の線を強調するような伸縮性のある深緑のスーツに首元から下すべてを覆われており、肩に背負った軍服のような詰襟は落ち着いた臙脂色。その前裾をからげながら突き出されたしなやかな右腕からは三十
刹那、だった……
「……リアルダさん、構いません。この逼迫状況を打破する何かがあるのなら聞きましょう。通しなさい」
扉の向こうから、柔らかながら凛とした声が響く。その言葉に逡巡を見せたのは一瞬で、リアルダと呼ばれた女性は素早い所作にて扉を引き開けると入れとばかりに顎をしゃくる……青年を眼力にて殺さんばかりの目つきにて。しかしてその青年は軽く頷きを見せると、何の躊躇も無く室内へと歩み入る。暖色の光が濃い広々とした執務室……だろうか、石畳の中央に設えられたソファに身を横たえた、美しい光沢を見せる銀髪の女性を不敬にも見下ろすような立ち位置にてかしこまるのだが。
「くつろいだ格好のままで失礼しますわ。これより五時間後の夜明け時には、こちらから討って出る必要が高まっていますので」
年の頃は三十過ぎくらいだろうか。切れ長の瞳はどことなくアンニュイさを醸し出し、整った顔には柔和さと鋭利さが同居しているかのように感じられる。ゆったりとしたクリーム色のローブのようなものをその細いが出ているところは出ている肢体に纏わせており、その細く長い指には大きなグラスが保持され、中の液体はうっすらとした緑色の光を湛えて持ち主の身体を少し照らしていた。
ベネフィ=クス・
「そのことにつきまして、それがしから、『案』を……ご提示させていただければと」
そのような相手にも全く臆することなく、不遜な物言いながらも、青年は言葉を真摯に紡いていく。男性なんて珍しいわね、お名前は? とのベネフィクスの問いには、
「アザトラ……
これまた動ぜず平坦な名乗りを上げていくのであった。その背後、戸口辺りで腕組みをしながら様子をうかがっていたリアルダからの、舐めてんのは態度だけじゃないのかェ……という腐った溜息のような声にも、無論動ずる気配は無い。
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