機滅するは剛力(1)
§
塹壕基地へ攻勢をかける部隊の総隊長、
「気が付かれたか」
暗闇の中をわずかに照らす光源、手に持つパッドモニターで戦況を確認した。
ジャミング物質と共に散布していたマイクロマシンが形成する各種センシングフィールドと、その情報を伝搬するネットワーク網。
パッド上に、地形図と重なって表示されていた半透明の緑色のそれに、直径100メートルもの大穴が開いている。
先程までその中央に目標が、ガラティアンの存在が表示されていた。
そして、密かに配置したレーザー攻撃車両による一斉射を放たんとしたその時、目標周辺のセンシングフィールドが消し飛んだのである。
いずれは見抜かれるとしても、想定より早かった。
『こちら第三班、敵が見えません』
『第六班同じく、目標を喪失……っ。いかがなさいますか総隊長』
十の部隊にいるそれぞれの隊長から次々に慌てふためいた通信が、地面に築かれたネットワークを介して来る。
『全部隊へ通達。動じるな。今しばらく敵は霧中にある。落ち着いて隊列変更を続行せよ』
影狼は坦々とした声を作り指示を送った。それを聞いた相手は冷静さを取り戻し、行動を再開していく。
(こちらが動いていることは塹壕基地の指揮官も把握している。だが、正確な座標までは目視確認するまで不明だ。安全は担保できている)
通信装置の送信ボタンから指を離した右手で、頭のすぐ上にある鉄の天板に触れながら戦況を読む。
(目標は依然、ガラティアンで良い。ならば、読むべきは敵の出方だ)
あの巨人を戦場の駒とする敵の指揮官、その考えを先読みする。
(敵はこちらの手管を知り、それをガラティアンへ伝えることもできる。しかし、綿密な情報共有は不可能なのだろう。だとすれば、打つ手は主に二つ)
右手を天板からはがし、後頭部の後ろ髪へ触れる。
(ひとつは、ガラティアンを後方へ下げる。戦闘が再開した際、救助部隊への防衛ラインは下がるが、強大な戦力を失うリスクは減る)
ガラティアンがこちらのセンサーに再び捕捉される問題はあるが、基地に近づくならば支援は出来る。
(今一つは、ガラティアンを動かし回す。センシング領域の間隙から出すことになっても、こちらはあの運動力で機動されれば、レーザーを当てられても撃破までは困難になる)
視界復帰時、ガラティアンは最前面に孤立するが、その時には本格的に基地の迎撃機構も再稼働している。
(いずれにせよ、敵指揮官が取れる選択は消極的なものに限られる。先手はこちらにあるままだ)
しかしそれもジャミングが有効な間だけだ。
ならば、兵貴神速あるのみ。
送信ボタンを押し込む。暗闇の中で小さく赤色が灯った。
『全部隊へ通達。攻勢を再開する。各部隊の通常戦車はセンサーの穴を焼夷弾頭で塗りつぶせ。穴の中から巨人が出たら各レーザー車は予定通り攻撃せよ。焼夷弾頭着弾後、二十秒を過ぎても巨人が現れなければ、広角レンジでレーザーを照射しろ』
§
影狼麾下、戦車軍団の第9班は鶴翼陣形の最右翼、戦場の北にいる。
通信管制の役目がある施設車両を中心に、レーダーを主とする観測車一両、主力戦車二両、対空車二両、防盾車八両、その他の車両を含む、計十六両が方形に隊伍を組んでいる。
部隊の中核となる施設車両の内部。そこは人間の存在を嫌うように暗く狭く、車長席は硬い。
そこに座る部隊長は影狼の指令を聞いていた。
そして、それに応じた自分たちの行動を判断し、下令する。
『第9班全員へ。総隊長から指示』
前時代のパーマ機みたいな半球状の機械、統合情報操作装置に頭を突っ込んだ状態で指令を伝える。
主力戦車の射線を作るため、部隊が動き、振動が座席を通じて部隊長の体を揺すった。
その眼前を覆うヘッドバイザー型のモニタには、彼らだけが見られる戦況図が表示されている。
南北に長い円弧を作る合計十個の部隊が、第9班同様に位置を微調整していた。
赤い四角で表示される僚機の位置が動いていき、速やかに完了する。
余計な通信を避けるために、準備完了の報告は影狼へは送らない。
自分たちの戦況図にすら位置が秘匿されている総隊長は、戦場のどこかで全部隊を把握しているのだ。
後は発射の合図を待つのみである。
戦車長は一人きりの施設車内で細くゆっくりと息を吐いた。
その時である。
「……砲撃だと?」
鈍く広がる爆発音が一発、銀の靄を超えて届いた。
「あてっずっぽうか」
見えない相手への牽制だろう。残響が消えると再び同じ音が聞こえてくる。
貴族のボンなら、先の作戦のようにびびって緊急通信の電波を打ち、位置を露呈させることもあったろうが、自分たちは違う。
最も安い消耗品の武器として扱われながらもここまで生き抜き、今やしがらみを超えて総隊長に忠を誓った一丸である。
この程度のことでミスを犯したりはしない。
だが一応、部隊員へ連絡はする。
『敵はでたらめに無駄打ちしているだけだ。怖がって屁をこいたりするなよ』
茶化した言葉に苦笑が返ってくる。やはり、今更この程度で身を縮込めるものなどいない。
弾は空中で炸裂しているのか、地面からの振動はなく、代わりに音だけは広い範囲に渡っているようだ。威圧目的の音響攻撃の一つにこんな戦法もある。
「しかし、意味もなくポンポン撃つだけとは。塹壕基地の指揮官とやらは総隊長が思うほど切れ者なのか?」
油断ではない。
塹壕基地の兵が精鋭なのは参照した過去の戦闘記録からよくわかる。
だがそれはICB(統合ネットワーク戦闘システム)と戦術AIが無人機によって行ってきた作戦がほとんどだ。
物量ではなく、戦術によってここまでガラティアンを追い詰めたのは間違いなく影狼が初めてである。
その事態にさしもの相手も混乱しているのではなかろうか。
(攻撃開始の合図はまだか。こんなもの無視してさっさと撃ってしまえばいい)
考えている間にもまた一発、音が鳴る。センサー情報を確かめても、鶴翼陣形の外側、あるいは前後のかすりもしない位置で乱雑に炸裂しているばかりだ。
そして残響が治まった瞬間である。
音声通信から入感を示す短ノイズが来た。
部隊長は攻撃開始の号令に備えて肺に息を溜める。
そして聞こえた。
『左右最端の二班、ただちに後退せよ!』
「……は?」
『再送、9班、10班は今すぐ下がれ。他班は攻撃始め、火急!』
指示の意味が理解できないまま、訓練された心身が命令に従う。隊員たちへ指示を出した。
すると、第9班の前方にいた防盾車の一つが、接触警報を送ってくる。
車両の中でも聞こえる、甲高い音が外から鳴り響いた。
「まさか、当たったのか。いやしかし、この弱すぎる衝撃値はなんだ。砲弾の破片ですらない。こんな値だと――そう、少し高い落石程度のもので」
一般車なら潰れるだろうが、軍用車をどうこうするようなものではない。
思うと同時、轟音と振動が前方から生じた。
「今度はなんだ!?」
後退を始めた車両の中で思わずわめきながら、目の前のディスプレイを見る。
重量をはじめとする各種情報をセンシングしているマイクロマシンネットワーク。地形図に半透明の緑色で重なるそれは、隊列から離れた位置に大穴が開いている。
敵の巨人が穿ったその中から、何かが出てきた反応はない。
奇妙な音がしたこと以外は変わったことは起きていなかった。
隊長が影狼に説明を求めようと発信アイコンをタッチしようとした瞬間だ。
『第9班、耐衝撃!』
さらに指示が来る。
『――上だ!』
人間の癖として、聞いた方向を思わず見てしまう。外部映像を表示している頭を囲むディスプレイの中で首を上げた。
そこに見えるのは一面の銀色。
そのはずだが、
「……光?」
そう見えた。
だが実際は違った。
それは部隊の真中へ降着し、地を砕き、衝撃を全車にぶつける。
銀の濁る戦場へ一閃の光とともに突き立ったのは、白い巨人。
驚愕のうちに、震える喉から勝手にその名前が出た。
「ガラティアン……!」
それは答えるかのように、膝をついた姿勢から右手に持った槍を杖のようにつき、ゆっくりと立ち上がる。
そして、声が来た。
『告げる。これより先、投降、または車両を放棄して逃亡する者は攻撃しない。しかし――』
ガラティアンが槍を抜いて頭上で回した。
空気が弾ける快音が響きジャミング浮浪体と土ぼこりが烈風で払われる。
第9班の全車がその姿を現した。
巨人が振り回した大槍を一切のぶれなく中段へ構える。その穂先は管制車両、その中の部隊長へ厳然と向けられた。
『恐れぬならば、我が激槍が貴官を討つ』
目の造形が無い白い巨人の顔貌から来る、先鋭な視線が確かに自分を貫ぬいた。
部隊長は息を詰める。
そして、言った。
「舐めるな巨人!」
操縦レバーを右手に握る。
「汝が刃、我らが信を断つに能わず。この場で首級を挙げてくれようぞ!」
喝破と同時に全ての車両が熱い排煙を吹き上げた。
動き出す。
『良いだろう。日本軍大塹壕基地特車部隊ガラティアン三番機明日春華特務軍曹――参る』
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