第13話 嫉妬

 城の方も変わった。当主が頭栗になったので、当然である。美成は一時的に当主となったが暫定的で、結局は羅山から嫡男の頭栗に世代交代したのだ。頭栗はしばらくここを離れていたが、ずっと次期当主として育てられてきただけの事はあり、頼もしい当主となった。

 美成の方は面白くない。頭栗がいなくなってから三年、それなりに次期当主になるべく頑張って来たのだ。本人が当主になりたかったかどうかはともかく、努力が水の泡となるのは誰だって面白くない。

「頭栗様、見聞に参りましょうか。」

「おう、久しぶりに出かけるか。何か変わった事はあるか?」

「そうですね、道すがら追々お話ししましょう。」

剣介は頭栗を誘い、数人で領地内の見聞に出かけた。それを遠くから美成が見ていた。美成はこれから学問の時間だった。いつもなら、側に剣介が控えているはずだった。

 剣介は頭栗が戻ってきてから、また頭栗の側に仕えた。羅山の命で美成の守役となった剣介であったが、今となってはその命じた本人がいないので、頭栗と美成のどちらの側に仕えるべきか、誰も決める事が出来ない。剣介は自主的に、何となく自然と、三年前までの仕事に戻ったのだった。つまり、頭栗の側近となったのだ。

 それまで羅山の側近だった者たちも、頭栗の周りにはたくさんいる。頭栗は努めて父の家臣たちを重用した。だが、最も気心の知れた剣介と一緒にいる時が、一番心が安まるのは間違いない。よって、側近達の中では一番下っ端である剣介なのだが、最も頭栗に近い存在であった。

 ある日、頭栗や側近達が座敷に集まっている最中に、美成が入って来た。

「兄上、お茶をお持ちしました。」

美成がお茶を運んでくるなど、珍しい事だった。剣介は、その様子を微笑ましく見ていた。

(何だかんだ言っても、やっぱり兄弟だな。美成様は頭栗様が帰ってきて嬉しいのだろう。)

のんきにも程があるが、剣介はこんな事を考えていた。

 美成がお茶をお盆から下ろし、頭栗の前へ置いた。その時、お盆と茶碗が不自然にカタカタと音を立てた。

「どうした?手が震えているぞ。」

頭栗が美成にそう問いかけた。普段のふてぶてしい態度からして、お茶を出すくらいで美成が緊張するとは考えにくい。明らかに不審だった。しかし、頭栗は美成の顔を見てニンマリと笑うと、お茶に手を伸ばした。そして、

「美成、お前は剣介の事が好きか?」

と、聞いた。

「は?何を仰せかと思えば。」

美成が答える。頭栗は茶碗を手の上に乗せた。

「今も、剣介の方を見たであろう?俺がいない間、剣介はお前の守役だったそうだな。」

「はい。」

美成が答えた。

「今、剣介が側にいなくて、寂しいか?」

頭栗が尚も聞く。

「別に、寂しくなんかありません。当主の重みもなくなり、剣介のしごきもなくなって、せいせいしております。」

「そうか。だが美成、剣介はお前の家来だ。今まで曖昧にしてきたが、父上が決めた事だ。剣介はこれからもお前の側に仕える。剣介、良いな。」

頭栗はそう言うと、近くに座っていた剣介の方へ目を向けた。

「はっ、御意のままに。」

剣介が答えてお辞儀をした。そして、頭栗は手にした茶碗を口へ運ぶ。

 今にも飲もうという時、美成がその茶碗を手で払った。周りにいる家来は何事か、と静まりかえる。

「美成様!何をなさるのです。」

剣介が腰を上げて膝立ちをした。

「美成様、まさかお茶に何か・・・。」

剣介はそう呟くと、次の瞬間、頭栗を背中にかばうようにして、美成と頭栗の間に体を入れた。

「美成様!」

剣介が美成を睨む。すると、頭栗が剣介を手で制した。

「剣介、良い。何も咎めるな。」

頭栗はそう言って、笑った。

「頭栗様、なぜ笑っていられるのですか。」

一方、美成の顔は蒼白で、目がぎらぎらしていた。

「大丈夫だ。いいか、何も無かったのだ。皆の者も、良いな!」

頭栗は周りの側近達にもそう言い聞かせた。

「・・・なんて寛大な。あなた様こそ当主に相応しい。よくぞここまで立派になってくださった。頭栗様、剣介はどこまでもあなた様について行きます!」

剣介は居直って、手をついてそう言った。すると、

「いや、お前はこの未熟な、美成の面倒を見てくれ。」

そう、頭栗は言った。

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