第6話 ありがた迷惑
頭栗が旅立ち、剣介が美成の守役になってから三年の月日が流れた。剣介は二十五歳になった。城に住み、美成の側で勤めを果たしている。元々剣の腕の立つ剣介である。毎日の鍛錬のお陰で、ますます腕を上げ、筋骨隆々となった。
そんな剣介には、最近悩みがある。城の中を歩いていると、やたらと女が寄ってくる。居心地が悪いにも程がある。一人で居ても気が抜けない。
「ねえねえ、ちょっと一緒にお茶して行かない?」
とか、
「剣介さまぁ、一緒に遊びましょうよー。」
など。一人で歩いていると、城の女中たちからしょっちゅう声が掛かる。ある時など、腕っ節の強い房子が、出会い頭に剣介の腕を引っ張り、誰も居ない座敷に引っ張り込んだ。
「ちょ、ちょっと、房子さん、何してるんですか!」
「仕事終わったんでしょ?私と遊びましょうよ。」
「放してください!困ります!」
剣介は逃げる。
「もう、すぐ逃げるんだからー。照れなくてもいいのにー。」
剣介は乱れた着物を直しながら歩く。実は髪も乱れまくっている。
「なんだって言うんだよぅ。女の人って怖い・・・。」
「お前、最近モテるようだな。」
美成が剣介に突然そう言った。美成は十六歳になった。背も伸び、声変わりもしたが、それでもやはり目がぱっちりとした愛らしい顔立ちのままである。しかし、そんな愛らしさとは裏腹に、今日もクールな眼差しで、そんな風に剣介に声を掛ける。
「は?何を仰せですか。」
「とぼけるな。女が通ると皆お前をジロジロ見ていくではないか。」
「気のせいでしょう。もしくは、この家の若君を見ているのではないですか?」
「俺を見ているのではない。それは分かる。」
「私を見ているわけでもありませんよ、多分。」
多分、と付けた剣介に、美成はふん、鼻を鳴らした。
剣の稽古、弓の稽古、学問の修得、馬で見聞に出かける、それが美成と剣介の日課だった。見聞に出かけるのは毎日でもないが。一日の勤めを終えて自分の部屋に戻ろうとする剣介に、
「剣介さん、剣介さん!」
と、小声で呼ぶ者があった。剣介がきょろきょろと見回すと、柱の陰から福子が顔を出し、手招きしている。辺りは暗い。
「どうしたんですか、福子さん。」
「これ、お偉いさん達の飲み残しのお酒、集めといたから。」
福子は宴会の片付けをする時に、徳利の中に残っていた酒を一つの徳利に集め、こっそり持ち出してきたのである。
「もうお勤めは終わりでしょ?持って帰って飲んで。」
「えっと。」
「お酒は嫌い?甘い物の方が良かった?」
「いえ、酒は好きですが。」
「じゃあ、はい。」
福子は徳利を剣介に手渡すと、暗闇の中に消えていった。
「困るんだよなぁ、こういうの。」
剣介は徳利を手に、そう呟いた。なぜ困るかって?それは、ただより高い物はないからだ。
翌朝、徳利を回収しに来た福子は、剣介の部屋の前に座って声を掛けた。
「剣介さん、お酒どうでした?」
剣介はまだ寝ていた。声を掛けられて、目を覚ました。
「んん、どなたで・・・ああ、福子さんか。ちょっと待ってください。」
剣介が障子を開けると、福子は手で顔を覆う。いや、指の間から目が覗いているが。
「あ・・・。」
剣介は、自分の寝間着が乱れ、胸があらわになっている事に気づき、慌てて寝間着の前を合わせた。
「旨い酒でした。どうも。」
剣介は徳利を福子に渡し、障子を閉めようとした。すると、どこからともなく峰子の声が聞こえた。
「あー!福子さん、抜け駆けずるーい!剣介ちゃん、私も部屋に入れて!」
峰子が現れ、部屋に入ろうとする。
「ちょっと、ダメですよ!困ります!」
「えー、福子さんだけずるい!」
「福子さんも入れてません!」
「うそうそ!」
「本当です!」
もみ合った挙げ句、何とか峰子にも出て行ってもらった剣介。
(あんなちょびっとの酒をもらったせいで、こんな目に遭うとは。やはり、ただより高い物はない。)
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