第18話
ゴールデンウィークが終わり、中間テストが始まった。
俺は必死で勉強をした。連休中も一切サボることなく勉強し続けた。なのに…返された成績表を見てみると、クラス内順位11位。
ねえ〜、俺より出来るやつがまだ10人もいるの?そいつらはどんだけ勉強してるの?なんか伝説の家庭教師とかついてるの?そうだ、杉本!
隣の席を見ると、杉本が手に細長い成績表を持ったまま机に突っ伏していた。
「杉本、どうだった?」
俺が声をかけると「ん」と言って突っ伏したまま手に持っていた成績表をこっちに差し出す。え?見ていいの?
杉本の成績表を受け取って見てみると…おい。14位って。
大して勉強してないくせに俺と3位しか違わないってどういうことだよ。
しかも古文と日本史、赤点じゃねぇか。でも他の教科はまずまず、数学と物理に至っては満点だ。ホントに極端なやつ。
はい、と成績表を返すと、杉本は起き上がってそれを受け取ると「
篠宮は微かに振り向いてチッと舌打ちしただけで、すぐに前に向き直ると、そのままなんの反応も示さない。うん、今のは杉本が悪い。
この篠宮という男はクラスメイトとほとんど口を利かない。大抵1人で本を読んでいるか、昼休みになると教室から姿を消す。なかなかのイケメン。女子に人気はあるんだけど、いつも近寄りがたい雰囲気を醸し出しているので、完全に観賞用として定着している。
杉本がレモンなら篠宮はシャインマスカットだな。なんか果物の王様って感じで。あれ、果物の王様はマスクメロンだっけ?
高橋情報によると、篠宮は、理由は知らないけど児童養護施設に入っているそうで、普通クラスにいる同じ施設のやつにしか心を許していないそうだ。そういえば毎日、下校時間になると迎えに来る、やたらと毛量の多いブロッコリーみたいな頭をしたやつがいた。
児童養護施設か…。
「あーもー、補習めんどくせー」
杉本が天を仰いだ。おまえは補習、受けとけ。連休中、ずっと遊んでたんだから。
「ゴールデンウィーク?」
「そう。一緒に勉強しない?」
連休が始まるちょっと前、登校中の電車で一緒になった杉本に俺はこう話を持ちかけていた。
『一緒に』というのは半分建前みたいなもので、実は杉本に数学の家庭教師をやってもらいたかった。それくらい俺の数学センスは危うい。
「あ〜、ごめん。ゴールデンウィークは毎年、家族で温泉旅行に行くんだよね」
意外な返事が返ってきて、俺は思わず「えっ?それって杉本も行くの?」とほとんど反射的に返してしまった。返してしまってから、しまった、と思った。
地雷を踏んだかな、と焦ったけど、杉本は大して気にする様子もなく「そりゃ、家族で旅行に行くのに俺だけ置いてったらさすがに虐待でしょ」と笑った。
ごめん、と心の中で謝っていると、今度は杉本の方から「上條は、父ちゃん母ちゃんとこ帰ったりしないの?」と、痛いところを突かれてしまった。
実は「連休中、帰っておいで」というメールは母親から届いていた。でも今はまだどうしても帰る気になれなかった俺は「1人で勉強に集中したいから」と断ってしまっていた。本当は、親と居たほうが家事をやらなくて済むので、そっちの方が勉強はかどるかなと、ちらっとは思ったりはしたんだけど。
そのことを杉本に告げると「なかなか、こじらせてんな」と、また何でもないことのように笑った。
おまえもな、というありきたりな突っ込みは、喉の途中で止めた。
連休に入って3日目、俺が数学のテキストと格闘していると、テーブルに置いてあったスマホがメールの着信を報せた。
画面をタップして開くと、杉本のトーク画面上に次々と自撮りしたらしい写真が送られてくる。
ソフトクリームを食べながら足湯に浸かる杉本。富士山をバックにピースサインする杉本。なんか高級店ぽい店内で蕎麦をすする杉本。
ちょっと前の俺だったら、なんの拷問だ、とスマホの電源を落とすところだったが、『好き』を自覚した今となっては、もはや『可愛いワンコ大集合』だ。思わず口元がニヤけてしまう。
忘れない内に保存しておこうと画面に指を伸ばしかけたところで、パッともう1枚写真が入った。
そこには杉本ともう1人、長い黒髪の綺麗な女の人が、杉本と顔を寄せ合って笑っている姿が写っていた。そしてその下に『俺の姉ちゃん』とメッセージが入る。
あまり似てないな、と思った。あ、いや口元が似ている。最初に似てないと思ったのは目が違うからだ。お姉さんは目ヂカラ強めの杉本とは違って、優しい目をしている。目元の印象はその人全体のイメージを左右させる。
それにしても、杉本のこの嬉しそうな顔。お姉さんが大好きなんだな、と、ひと目でわかる。きっと家族の中で、唯一の味方なんだろう。自分を締め出した人たちの中で、お姉さんだけがすごい心配してくれたと言っていた。
俺は最後の1枚だけを避けて、残りの写真だけを全部ダウンロードした。俺だって杉本に、こんな顔をして隣にいて欲しいんだ。
パタン、と何気にスマホを伏せてテーブルに置き、勉強に意識を集中させた。
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