第41話「それでも妹は『お兄ちゃんはわたしをすきになる』と言う(3)」
「陽人、お前こそどうしたんだ」
「いや、今日はなんとなく真面目に練習する気になれなくてな。サボっちまった」
陽人は、けど蓮に見つかっちまったな、と悪びれもせずに笑って見せる。
グラウンドで熱心にボールを追いかけるサッカー部、その奥にはテニスコートがあって、乾いた打球音がこちらまで響いてきた。
「あ、テニス部のみんなにはナイショにしといてくれよ?」
「内緒もなにも、バレてんじゃねえの? 一度や二度じゃないだろ」
鉄柵に体重を預けて、テニスコートを見下ろす陽人。
俺は陽人の隣に行って、同じように鉄柵に寄りかかった。
「サボってるのがバレるのはいいんだ。ただ、この場所だけは……っ、もう、俺にはここしか残ってないんだ」
どうやら、陽人はサボりの常習犯らしく、他のおサボりスポットは全て見つかってしまっているらしい。ここが最後に残った砦なんあだとか。アホらし。
「せっかく実力はあるんだから、真面目にやりゃいいのに」
「おっと、それはブーメランじゃないか、蓮」
「…………俺は、別に部活に入ってないし」
「ほぉん。の割には暇そうじゃん。ここで油売ってる暇あったら、部活に入って時間が空いてるときだけでも顔出せばいいのにさ」
「そんな半端なことできるわけないだろ。それほど、器用でもないし」
「そう思い込みたいだけじゃなくて?」
「そんなわけ……お前は何が言いたいんだよ」
「何が言いたいか? そんなの決まってるだろ! 二人の女の子に追いかけてられて羨ましいやつめ!! ってことだよ。俺なんて、俺なんてなあ……そんな経験人生で一度もないんだぞ!? 二人どころか一人にもない!!」
陽人は大仰な身振り手振りをもって、いつもの調子で言った。
でも、俺の方は当たり障りのないツッコミをする気になれなくて、つい。
「それはお前が別にモテようとしてないからだろ」
そう言ってしまった。
「ほお、蓮は俺のことそんな風に思ってたのか」
「ああ、思ってたし、思ってるよ」
陽人はお調子者だが、別にバカないわけじゃない。
自分が周りからどう思われてるかくらい、ある程度把握してるはずだ。
それでも、今の自分を変えないのはそういうことだろう。
普段はこんなこと絶対に言わないけれど、紅い陽に直接当てられて少し酔ってしまったのかもしれない。
「俺らって長いこと友達やってるけど、ちゃんと本音で話すことはあんまなかったよな」
「そうだな」
「何があったんだ?」
「何って?」
「お前、そんな顔してて、さすがに何もなかったは無理があるだろうよ。結構酷い顔してるぞ? 鏡見てくるか?」
「いいよ、だいたい想像できるから」
「蓮ってさ。割とバカだよな。要領悪いしさ、頑固だし」
「なあ、真面目な話する流れじゃなかったのか? なんで急に俺の悪口??」
「悪口じゃないって。ほら、普段は言えない正直な気持ちだよ、これが」
陽人はけらっけらと笑いながら言った。
「なお悪いじゃねえか」
「俺は蓮のそういうところ嫌いじゃないけどな」
「気持ちわりぃ」
「違いない」
素っ気ない態度の俺を見て、陽人は再び大口を開けて笑う。
「なあ、陽人はどこまで知ってんの? 本当にサボりでここにいるだけか?」
話の流れと内容と、今までの行動を考えて、ここに居るのが偶然だとはどうしても思えなかった。
もし、偶然じゃなかった場合、俺の行動をどこまで読んでいたんだ? という話にもなるので、恐ろしいことこの上ないが、陽人ならできてしまいそうだとも思えた。
よく考えると、俺は陽人のことを何も知らない。
「それ以外何があるってんだ? あ、落ち込んだお前を励ましに来たとか思ってる? いやだなあ、そこまでヒロイン力高くないって」
「そか」
「でも、男同士だからできる話って意外とあると思わね?」
そう言って、夕陽をバックににししと笑う陽人は、正直ヒロイン力高いと思った。
こんな気持ち悪い思考、口から漏らすわけはないのだけど。
「俺もなあ、恥ずかしい話の一つ二つくらい話してやってもいいんだが……よく考えたら、普段からそんな話しかしてないからな。特別どうってのがないんだよな、俺は」
「ふっ、はは。お前も大概不器用だな、陽人」
「それも、ちげえねえ」
腹の底からこみ上げてくるものがあって、俺は思わず吹き出してしまう。
それにつられて、陽人も笑った。
陽人が考えてることなんて分かるはずもないが、今の彼には善意しかないのだろうということは理解できて、思わず口が滑る。
あと、やっぱりこの真っ赤な夕陽のせい。
「陽人、璃亜、小町先輩。なんで俺の周りってこんないいやつばっかなんだろうな」
「自分の周りの五人が自分の平均になるって言うからな。お前もいい人なんだろ」
「さっき、ボロクソに言ってたのに?」
「それも含めてだよ」
陽人は俺の家の事情もある程度は知っている。
父親が再婚したこと、その父親を亡くして、義母の累さんとその娘の璃亜と一緒に住んでること。
きっと、俺が絵を描かなくなった理由も察しているんだろうと思う。
それに対して、陽人が何か言ってくることはなかったけど。
「最近やっと自覚したんだ。俺は累さんと璃亜とちゃんと家族になりたかったんだ。血の繋がった家族がいなくなって、無償で俺の存在を認めてくれる人がいなくなったから、きっと寂しくて、見捨てられたくなくて、俺は役に立つ存在だぞってアピールするくらいしか俺には思いつかなくて……さ」
でも、そんな考えこそが家族との間に壁を作っていて、認めて欲しいと願う俺が誰より二人を信じることができていなかった。
それは、小町先輩に言われて気づいたことだ。
家族になりたかったはずなのに、俺はどこかでそれを怖がっていた。
拒絶されるかもしれないことが何より怖かった。
「優しいんだ、璃亜も累さんも。優しいからこそ、怖くてさ。ふと考えちゃうんだよ。何かの拍子に捨てられたらどうしよう、とか。ありえないって分かってても、メンタルがちょっと落ち込んだときに、そういうことがよぎる」
だから、家のためとか家族のためとかじゃなくて、本当は全部自分のためだ。
家事を引き受けるのも、バイトをするのも、全部、全部。
自分の趣味とか夢とかを楽しむ前に、そんな余裕を感じる前に、常に焦りがこべりついていて、だから、俺はみんなみたいに優しくもない。
「周りのやつらはみんないいやつらで、誰も悪くないんだ。俺の問題なんだ。俺が……どうしても不安になっちゃうんだ。バカらしいよな。でも、甘え方なんて教わってこなかったからなあ……」
俺が声を上げれば助けてくれる人は周りにたくさんいるんだろうと思う。
でも、俺はその方法を知らないのだ。
知らないことはできない――怖くて、できないよ。
「そっか、そりゃ辛いよな」
陽人は俺の舌足らずな言葉に、何も聞き返すことなく、多くを語ることなく、ただ一言共感してくれた。
それが、今の俺には一番ありがたかった。
「どう、だろうな。でも、ちょっと疲れたかもな」
「ありがとな、話してくれて。それだけで、進歩してると思うぜ?」
「うっぜえー」
「でも、残念ながら蓮を慰めるのは俺の役目じゃないんだな~」
振り返り、鉄柵に背中を預ける陽人。
彼の言葉と同時に――ガチャリ、屋上の扉が開く音がした。
その音に振り返り、陽人の視線の先、ドアから顔を出す少女を見て、俺は思わず息を呑んだ。
彼女がここにいるのもそうだが、その少女は今にも泣き出しそうな様子だったから。
「…………璃亜」
そして――視線が合うと、俺の妹は目端から涙をこぼした。
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