後編

 大尉が言ったことは衝撃でした。

 永久持久――無期限で米軍と戦い続けるという話です。確かにそんな部隊は中野にいます。

 単身か少人数で入り現地の住人を協力者に仕立て上げ、米軍にゲリラ戦を行う部隊が。或いは少人数で破壊工作を行う部隊は本校時代にいましたし、訓練を受けているやつもいました。

 ですが私は潜入偵察専門の部隊だったはずです。

 同じ中野の部隊なのにと思うでしょうが、任務によって部隊が違います。

 私は丁種で敵地後方へ潜入し偵察してその情報を持ち帰ることが任務でした。

 なので破壊工作は訓練を受けていても実施はしません。破壊工作部隊のために情報を集めるのですから、知識はあっても実戦は行いません。

 知っているからと言って出来るかと言われれば出来ないでしょう。

 教科書だけ読んで自動車で公道を走るようなものです。

 なのに永久持久を行うと宣言されて仰天しました。

 救援の駆逐艦はどうするのですかと大尉に尋ねたら、駆逐艦は来ない、本来の任務は永久持久――無期限の遊撃戦であると言われました。

 現状、米軍によるガダルカナル再々上陸以降、ソロモン各地で転進が相次いでいました。大本営は転進と言っていますが実際は退却していたんです。

 ですが敵を素通りさせる訳にもいかず少数の兵でも送り込んで情報収集をさせつつ、米軍を妨害しようというのが当時の中野部隊の方針でした。

 そのために私と大尉は降下することになったのだと。

 潜入偵察は破壊工作を誤魔化すための偽装命令だと伝えられました。


「兵を纏めるんだ少尉」


 反抗しても敵中では無意味です。

 大尉に言われ私は彼等の所属を把握することに務めました。

 彼らはラバウルにやって来た部隊から派遣された分遣隊が多かったですね。

 彼等は満州や中国にいた連隊や師団がラバウルにやって来て、そこからこの島の守備隊のために分派されて来たようです。

 ラバウルを出発する前に伝えられていた情報と一致しており、間違いはありませんでした。

 そのため、原隊が異なる兵員が多く把握するのに手間取りました。

 当初こそ十人にも満たない遊撃隊でしたが活動を開始しました。

 幸い守備隊は万が一を想定して戦闘前から島の各所に備蓄庫を設営しており自分たちが暫くは食って困らない程度には食料がありました。

 ただ、それだけでは心ともないと、中村大尉は考え米軍基地に忍び込み食料庫から食料を奪いました。

 そして兵器庫から武器を奪うと、時限装置を仕掛け証拠を隠滅すると共に遊撃戦を開始しました。

 米軍基地の各所に爆弾を仕掛け時間差で爆破して混乱させ、一人の見張りをナイフで殺したり、基地内の兵士を狙撃したりしました。

 私は偵察の訓練を受けていたので米軍基地の配置を偵察して情報を大尉に伝えると共に、通信員として得られた情報を味方に通信機で送っていました。

 お陰で破壊工作や殺人は殆どしなくて済みましたが。

 そうして活動していると、島の中でチリジリになっていた味方も見つかり合流してきました。

 私は彼等の所属を把握しました。ですが、人数が多くなると統率が難しくなるし、隠れ難くなります。

 なのである程度大きくなったら、生存術を教えた下士官を班長とする兵数名の班に分けて各所に隠れ、持久するよう指示しました。

 しかし、我々の活動が激しくなると米軍の監視は強化され動きにくくなりました。

 そもそも日中は息を潜め夜間もこっそり跡を残さないように生活するなんて普通の人間には無理です。

 徴兵で送られてきた兵隊に出来るはずがありません。

 二週間ほどすると皆、限界に近づきました。

 そして遂に脱走者が出ました。幸か不幸か見張りが見つけ米軍に接触する前に捕まえました。

 そして大尉がその場の全員を集めて自ら脱走者の胸をナイフで刺しました。

 刺した瞬間、血がドバッと出て刺された兵士は直ぐに死にました。


「始末しろ」


 大尉が言うと遊撃戦を通じて大尉に心酔、いや狂信した兵士が出てきて彼をジャングルの何処かに埋めてきました。

 元からこのような任務が好きなのか、極限状況でおかしくなったか、分かりませんが、大尉に従う兵士が出てきたのは確かです。

 まあ大尉に縋る以外に生き残れる方法を知らないというのが本当のところでしょう。

 幸か不幸か、元からの性格と訓練で私はそんな心境にはなりませんでしたが。

 ですが部下を監視することに精一杯で、大尉に従う彼等と脱走して処罰される兵士を見ていられませんでした。

 まあ、正直、任務が嫌になったのは確かです。


「逃げましょう少尉殿」


 その直後です、仲の良い兵士が私に相談してきたんです。


「国に残した親や娘に生きて会いたいです」


 家庭があるのに再招集されて、島に送られてきた兵隊でした。

 彼の立場に同情した私は彼と共に見張りの隙を突いて米軍に投降することにしました。

 他に方法はありません。私たちはその夜実行しました。

 私は何とかすり抜けましたが、彼は普通の兵隊だったため見張りに見つかってしまい狂信的な大尉の兵士に追いかけられました。

 大尉も直ぐに駆けつけてきて、銃声を米軍に聞かれるのを恐れたのでしょう、一緒に逃げた兵士に向かって手裏剣を投げてきました。

 手裏剣は兵士の脚に命中し、血が出ました。

 遠目から見ても鮮やかな出血と深い傷で、とても歩けるような状態ではなく、私は彼を置いて自分だけが逃走する事にしました。


「少尉殿! 置いていかないで下さい! 大尉殿に殺される! 助けてください! 死にたくない!」


 大尉達に捕まった彼は叫びましたが私にはどうすることも出来ません。

 私はジャングルの中を駆け抜け、追っ手を撒いて米軍の基地内に逃げ込みました。

 そこで投降し、知っている限りの事を米軍に話しました。

 情報収集のために中野で習った英語がこんな所で役に立つとは思いませんでしたが。

 彼等は私の情報が有用だと理解して投降を認めてくれました。

 そして大尉達が潜伏している場所に米軍を案内しました。

 案の定、大尉達は逃げていました。

 島の他の場所に潜伏したんでしょう。

 いくつかの物資の隠匿場所は残っていましたが、移動させたのか残りは全て空でした。

 指揮所にしていた場所は大尉が使っていた手裏剣だけを残して全て無くなっていました。

 私は大尉達遊撃隊捜索のために派遣された米軍数百人と入れ替わりに米軍の後方へ送られ米本土の捕虜収容所へ。

 そこで残りの戦争の期間を情報部に協力しながら過ごし終戦を迎えました。

 日本兵の遺体を見つけたら、見知った顔か顔合わせをしたりしました。

 中には教官や同期もいましたよ。

 他にも他の期が捕虜になったとき聴取して中野の訓練に変更がないかどうか調べたりとか。

 まあ私は裏切り者ですから、中には私の事を知っている捕虜になった中野の仲間もいますから。

 それまで黙り込んでいた人が、わたしを見るなり、両手で掴みかかってきたこともありました。

 彼等から見れば私は裏切り者ですから。

 終戦となった後、大尉達の情報を集めたのですが、手がかりはありませんでした。

 米軍の捜索でも見つからず、未だに行方不明です。もしかしたら今でも見つからず潜んでいるか無くなったんだと思います。

 逃げ損なった兵隊の家族の元へ行き、少ないですが見舞金を渡していますが、あの時のことは今でも忘れられません。

 それに怖いですね。

 あの大尉にもし再会するとなったら。敵前逃亡で銃殺にされそうです。

 一度日本に帰った後GHQに戻りOSS、CIAでこうして助言を行っているのも、中野の恐ろしさを後世に伝えるためですが。

 そうでもしないと私の身の安全が不安ですから。

 私を……裏切り者を殺しに大尉達の誰かが来そうで。

 実際、捕虜になった者の中には、終戦後日本に帰って行方不明になったり、死亡したと聞いています。確証はありませんが、中野に、大尉達が殺したのではないかと私は考えています。

 私も顔を知らない人間が活動して殺しているのでしょう。

 何人か見知った顔が、私を監視している事がありました。

 だから米国に帰化しこうして、あなた達メディアに今でもずっと話しているのです。

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