12頁~~恋する豆腐と愛する醤油~~
私は豆腐。きめ細かく真っ白なを肌を持つプルプルな絹ごし豆腐だ。私は生まれてからずっと
いつものようにぼんやりと外を眺めていると、誰かがこっちをずっと見ている事に気が付いた。夜のような黒色が印象的だった。
思わずその誰かに目を奪われているとその誰かと目が合った。すると彼はニカッと笑顔を浮かべ、ズンズンとこちらに近づいてきた。コンコンと彼によって箱が叩かれる。私はそんな状況にどうしていいか分からずただ困惑したまま窓を叩く彼を眺める事しかできなかった。
「おおい、開けてくれよー! キミと話がしたいんだー!」
そんな彼の声にハッとした私は思わず窓を開けた。すると彼は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してきて私は僅かに後ろに下がってしまう。
「お、ありがとう! 実はずっとキミに会いたかったんだ」
「えっと……一体どんな用が……?」
「おっと、そうだったそうだった。俺は醤油! 濃厚な味がなによりの自慢なんだ。実は以前にここを通りかかった時にこの箱から外を眺めるキミに気が付いてさ。綺麗な白色が……いや、いつも元気なさそうだったから一体どうしたのか気になっててさ」
「それだけの為にわざわざ……?」
突然の醤油と名乗るそれの来訪に私は状況が呑み込めずにただ震える声で彼の言葉に返事をしていると、そんな私の様子に気が付いたのか彼はバツが悪そうに箱から身を離した。それを見て私は安堵の息を零す。
「あ、いや。いきなり突然乗り込んでこられてこんな事を言われたら迷惑だったよね。ごめん!」
醤油は申し訳なさそうに頭を下げる。そんな彼の様子がなんだか少し可笑しくて、ほんの少しだけ緊張が解れたような気になった私は、そんな彼にゆっくりと声を掛けた。
「少しだけビックリしちゃっただけだから……頭を上げて……でも、どうしてこんな事をしようと思ったの?」
「キミが悲しそうにしていたからかな? なんとなく放っておけなくてさ。どうかな? これからもキミと話をしに会いに来てもいいかな?」
こんな心優しい醤油に怯えていた自分がなんだか馬鹿らしくなって、私は
「変な人だね。でもなんだか貴方と話すのは凄い楽しそう。私からお願いしたいな」
「ああ……! もちろんだよ!」
それから私と醤油は毎日のようにいろんな話をした。彼は外に出れない私の代わりに外での話を沢山してくれた。醤油は今までいろんな物と関わっていろいろ手助けをしながら旅を続けているらしい。
時にはラーメンのスープのベースとして活躍したり、癖の強い納豆の手助けをしたりと醤油の話は私にとってとても刺激的だった。そしてすっかり彼の魅力に
居心地の良い時間を過ごしていく中で、私はついに本心を打ち明ける事にした。
「私、ずっと貴方と一緒にいたい。貴方と結婚して、生涯を一緒に過ごしたい……!」
その言葉を聞くと醤油は嬉しそうにしたかと思うと急に困ったようによそよそしくなってしまった。
「うん、僕もキミと同じ気持ちだよ。キミをずっと守ってあげたいと思っている。だけど……」
歯切れが悪そうに言葉を絞り出す醤油。ついには「あ、ごめん。ちょっと今日は用事があるんだ」と答えをはぐらかしたままどこかへ去って行ってしまった。私はそんな醤油の背中をただ見送る事しか出来ないのがなんだかとても寂しくて堪らない。
それから醤油は私の目の前に姿を見せなくなってしまった。私は必死に彼の行方を捜し、その結果ある真実を知った。
それは私と醤油の親はどちらも大豆で、私たちは生き別れの兄妹だという事だった。きっと醤油は最初からその事を知っていて、私の事を兄妹として愛していたのだろう。だけど私はそんな彼に恋愛感情を抱いてしまった。兄妹同士の禁じられた恋だ。だからその事に気づいた醤油は私の前から姿を消したのだろう。
すべては最初から叶わない恋だったのだと理解はしたけれど、私のこの醤油へ恋心はもうどうする事も出来なかった。兄妹だろうと関係ない、私は彼が、醤油の事が好きなんだ。
気が付いた時には私は箱を飛び出していた。初めて外の世界を自分の体で走る。恐怖心なんて全く無かった。ただ醤油に会いたい。その一心だけで私は彼の名前を叫びながら走り続けていた。
ふいに体が地面から離れる。走るのに夢中で足を踏み外してしまった私の体は空中に放り出され、そのまま下へと落下していく。そこにはグツグツと煮え、様々な具材が浮かぶ鍋が私を出迎えていた。ボチャンと水飛沫を上げながら私は鍋の中に沈む。茹だるような熱さの中、私の体は水面へと浮上する。どうにか鍋の外に脱出しようとふちまでたどり着いて身を乗り出すが、そこに見えるのは遠く離れた銀色の大地だった。このまま飛び降りれば今度こそ私の体は粉々に砕かれてしまうだろう。
私は
「絹! 早くそこから飛び降りて! 大丈夫! 僕が必ず抱き止めるから!」
気のせいじゃない、これは聞き間違いようのない醤油の声だ。私の意識はその声に一気に鮮明になり、その声のする場所から身を乗り出した。そこにはそこにはいつもの容器ではなく底の深い更に並々と注がれた醤油がいた。
「絹! 早く!」
「醤油……!」
私は力と勇気を振り絞って鍋から飛び出した。さっきのように私の体は下へ下へと落ちていく。だけど今度は怖くなかった。彼が私の事を待ってくれていたから。
飛沫を上げて私の体は沈み込む。真っ黒な彼の体に私の体は包まれる。
「良かった……ごめん。こんな思いをさせてしまって……もう今度は逃げたりなんかしないよ。僕はキミの事が大好きなんだ。誰から何を言われたって構わない。僕はキミと一緒に居たいんだ」
「私もだよ醤油……もう絶対に離れないから……」
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