4頁~~忘却の彼方にいるキミへ~~
「人間はね、忘れる生き物なんだよ」
目の前の彼女はそう言って楽しそうに笑う。太陽はいそいそと西の山で就寝の準備をしている、空一面が茜色に染まるそんな時間だった。
「なるほどね、じゃあ僕が物を忘れたり、約束の時間を間違えるのも仕方ないって事だね」
僕が指をパチンと鳴らして冗談を飛ばすと、彼女は僕をジッと見つめる。思わず目を逸らしてしまいそうになるけれど僕は必死に素知らぬ顔で誤魔化した。
「それはあなたの意識の問題だよ、しっかり反省しなさい。……ね、人間にはどうしてこんな機能があると思う?」
「どうしてって……そりゃあれじゃない? 記憶の容量には限界があるからそれを整理する為とかなんとか……どうかなこの答え、知的っぽいかな」
「知的かどうかは知らないけど、そこそこいい線は行ってるかな」
彼女が目をそっと細める、息を飲む程美しい微笑を携えた彼女にはまるで次の瞬間には消えてしまうのではないだろうかと思わせる程の儚さが存在した。
「心を守るために人は忘れるんだよ」
囁きにもにた彼女の言葉が僕の耳を撫でる。
「哀しさも辛さも大切な事だって人は言うけどさ、それはただの傲慢なんだよ。人の心はそんなに強くできていないから」
彼女は山並みに沈んでいく太陽を眺めながら、まるで詩を紡ぐように、旋律を奏でるように言葉を続けていく。
「忘れるとは言っても消える訳じゃないから、きっとどこかには残ったままなんだろうけどね」
振り返って笑うその時の彼女は、なんだか酷く哀しそうに見えた。笑う彼女と彼女を包み込む夕焼けの光、それらを切り取るような窓枠がなんだかまるで絵画のようで、僕の心に深く刻まれた。
あれから、どれだけの時間が過ぎただろうか。彼女とはもうだいぶ会っていない。それはいつの頃からだったのだろうか、思い出そうとしてもどうしても思い出せない。
それでも僕はまだ、あの日の彼女の笑顔を鮮明に覚えている。
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