第5話 群狼魔討伐戦 ①
時刻は深夜。
彼女らがいるのはベネット公国北東部の森の中にある廃村だった。
ベネット公国。その名の通りベネット公によって建国された共和制の国家である。いわゆる人族の国家が集中する北大陸南岸に広がるオーケアス海にて、海運を一手に引き受ける商人ベネットを中心に様々な業界の経済人からなる議会によって運営されている。王政を敷く国が多いこの世界においては異彩を放つ国家の一つである。
その領内であるこの地域ではここのところ
「…出てこないね。今日もハズレかな」
「今日で三日目。そろそろ遭遇できてもおかしくはないとは思うけど」
あちこちに篝火を焚いてるとはいえ、廃村の周囲に広がる夜の森は、圧倒的な静寂に包まれていた。そんな中、焚き火を囲いながら見張りをするメルら5人の声には心なしか元気が無かった。
魔物が出現することは間違いない。しかしそれも連日連夜というわけでもなければ決まった場所に出てくるわけでもないのだ。従ってメルたちは、比較的住むに適した廃村にて野営し、その出現を待つという手段に出ていた。野営を始めてかれこれ三日。誰も口にはしないが、内心では皆、『成果無し』という最悪の結果が首をもたげ始めていた。
「まあ、愚痴っても仕方ないだろ。せっかくだ。今回の敵さんの特徴をおさらいしておこうや。シーリン?」
「はい。ウルフリータ、別名群狼魔とも呼ばれるこの魔物はその名の通り、複数の個体を伴った“群れ”で現れる狼の姿をした怨霊の一種です。最大の特徴は、魔物の本体が霊体であるそれらの首であること。仮に胴体を破壊しても、本体である頭部が無事であるうちは消滅しません」
「だから、倒すときは私が
「はい。エンチャントの効果に関しては…信用しても良いのですよね?」
「大丈夫よ。これくらいの下級怨霊なら絶対倒せるわ!」
シーリンの確認に、クリスは胸を張って答える。そんな彼女たちのやり取りを聞きつつ、メルは自身の武器である片手持ちのメイスに視線を落とす。彼女自身はその良し悪しを判断できるだけの魔術的訓練を積んできてはいないが、基礎的な感覚のみでも、付与された退魔のエンチャントが十分な効力を伴っていることを感じ取ることはできた。
「周りには一カ所だけ通り道を残して退魔の結界を伏せてあるから、出現と同時にそれを起動。あとは残された穴から侵入してくる個体を各個撃破していくだけでいいはずよ」
「気を付けるとすれば、うっかり結界の外に出て群れのど真ん中で孤立しないようにするくらいか。それにしても器用な真似するよな、あんた」
「まあね。伊達に冒険者やってないんだから。ま、そういう意味だとレイもすごいわよ。メルは、見たことあるのよね?」
「うん、たぶん」
話を向けられてメルは先日の光景を思い出す。自身よりも体格の優れる相手に対して一歩も譲らず、むしろ翻弄していた。それを成しえるのは彼自身の実力もそうだが、実はもう一つ、心当たりがあった。
「ねえ、レイってひょっとして
「―――、…一応」
メルの質問に対してレイは一拍ののちにポツリと答えた。
「何よ、そこまで見られてたの? じゃあ思ったより切羽詰まってたのね」
その答えが意外だったのか、クリスは驚いた様子で言葉を引き継いだ。
“天恵”とは、人々の中で稀に発生する特殊能力のことだ。
実は、メルの同期であるフォルテもそのうちの一人で、
「俺の能力は
「聞いたことの無い天恵だな。でも聞くからに便利そうじゃねぇか」
「それがそうでものない。変形できるのは俺が持つこの特殊金属、『オリハルコン・レプリカ』だけで、実力的にも日に三度が限度。それ以上は脳への負荷がかかり過ぎるんだ」
そう言いながら、レイは自身の腰に装備した細長い金属の棒を掴んで示す。朴訥としたそれは大小合わせて6本あり、うち二本には握りやすくするためか持ち手に布が巻かれ、既に抜き身の刀身の形を成していた。
「制限あったんだ。でもそんなの気にならないくらい強かったよ!」
「まあ…クリスじゃないけど、俺もそれなりに戦ってきたから」
「どのみちウルフリータが出てきさえすればどんなもんなのかもすぐに分かるさ。期待してるぜ?」
「…ああーーーっ!!」
エイリークに肩を叩かれて体を揺らしていたレイが、何かに気が付いたように顔を上げた。
「噂をしてたら、来たみたいだ」
その言葉を待つまでもなく、メルたちを囲うようにして無数の鬼火が出現し始めた。
☆
「第一陣、開放!」
クリスは、自身の身長ほどもある杖を結界の起点に立てながら即座にそう唱えた。するとほぼ同時に地面に魔法陣が浮かび上がり、メルや魔物たちのいる空間を誓聖術特有の眩い光で照らし出した。
『っ…!? グルルルル…』
姿を現した魔物たちは眼前に展開された障壁に怯んで一度は下がるも、再びこちら側へとにじり寄ってくる。彼らは怨霊だ。自身を滅するだけの力を前にしても、その奥にいる人間への憎しみの方が勝るのだろう。
「みんな、結界の穴は帳の三刻、北西の方角にあるわ! 急いで!」
「うん!」「分かった!」「承知しました」「…」
クリスの言葉にメルたちはすぐに反応し、駈け出した。その先では、既に一匹目のウルフリータが意図的に開けられた光の壁の穴を通って結界の中へと飛び込んできている。
「おし、一番槍は俺がもら…って、うおっ!?」
「ちょ、レイ!?」
大剣を振りかぶったエイリークの脇をすり抜けるようにして、飛び出したレイが魔物の頭部を一閃。本体を失ったウルフリータは身に纏う青白い陽炎を散らしながらその場に崩れ落ちた。
レイはそれを視線だけで確認すると、再び次なる獲物の元へと向かっていく。
「あいつ、横取りしやがったな…。あ、おいメル。あんまそいつの死体見ない方がいいぞ」
面白くなさそうにレイの後ろ姿を睨みつけていたエイリークだったが、思い出したようにメルに言葉を投げ掛けた。
「へ? うわ…なにこれ!?」
が既に遅く、メルは目の前でその正体を晒した元は魔物に体だった物の正体を見て呻き声をあげる。
そこにあったのは頭部を失った、恐らくは鹿らしき動物の死体だったのだ。
「申し訳ありません、メル様。ウルフリータに関して一つ、言いそびれていたことがありました」
一歩遅れてやってきたシーリンが、メルの視界からその死体を遮るようにして割って入ってくる。
「ご覧になってしまったようですからお分かりかもしれませんが、この魔物の肉体はウルフリータによって殺された動物の体が元になっています。鹿やウサギ、時には人間の獲物の首を食いちぎり、その死体に取り付くことで肉体を得、数を増やしていくのです」
「それじゃあ…」
「ああ。今目の前にいる数十匹の魔物はそれだけの命を奪って存在してるってことだ。お前も気をつけろよ」
「うん…」
そう言われ再び正面に視線を送ると、徐々に数を増やしつつあるウルフリータを相手にレイが戦う姿が目に入った。獣特有の俊敏かつ獰猛な身のこなしに遅れを取ることもなく、手際良く死体の山を築いている。
「なんか、もうあいつ一人でも大丈夫なんじゃないか?」
「何言ってんの。私たちも行こう!」
「…冗談だ」
小さく息を漏らしたエイリークだったが、武器の柄を握りなおすと走り出したメルの後に従った。
☆
「はぁ!!」
飛び込んできたウルフリータの頭部めがけて振るったメルのメイスは、霊体特有の微かな手応えと共にその体を弾き飛ばす。
戦闘が始まって既に数十分。無数かに思われた魔物の数もようやく過半数を割ってきていた。
「そろそろ、次の段階に進んでも良いんじゃない?」
「ああ。あらかたの敵は引き付けられたと思う。ーークリス」
「分かってるわよ。それじゃ、第二陣もーー」
「…ぉーぃ! 」
「? 今声が聞こえなかった?」
杖を構え用としたクリスが、僅かに首を傾げる仕草をする。
「そんなん聞こえたか?」
「うん、確かに呼びかけるような声が聞こえた気がーー」
「ーーおーい! 助けてくれぇ!!」
クリスの言葉に耳を澄ませた一堂に、今度ははっきりと切羽詰まった様子の助けを求める声が届いた。と同時に、結界の外に広がる木々の一部が激しい音を立てながら吹き飛ばされる。舞い上がった土煙の中から、数人の人影がこちらに向かって走ってくる姿が目に入った。
「なんだなんだ、何が起こった!?」
「
驚くメルたちを尻目にその冒険者たちは尚もこちらに向かってくる。ーーーその背後で、黒く大きな影が揺らめいた。
『オオオオオォォォ!!!!』
再び起こった衝撃波が一帯を揺るがし、逃げていた冒険者たちが体勢を崩す。
「嘘…」
「…大きいな」
篝火が、ゆっくりとこちらに踏み出してきた魔物を照らし出す。
ーーー人の身長をゆうに越すほどの巨大なウルフリータが姿を現したのだ。
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