札付きの罪人はそれでも明日を生きていく ~濡れ衣を着せられて追放された俺は、復讐を果たしてスローライフを満喫する~

たもん

プロローグ

 昏い森の中を、少女は走り続けている。

 聞こえているのは自身の荒い息遣いと木々を掻き分け、葉を踏みしめる足音だけだ。高くそびえ立つ針葉樹が陽を遮るせいで、陰り始めた日光が届くことはない。赤い夕焼けの元に広がる森は闇に覆われ始めていた。


「もう!こんなはずじゃなかったのに!」


 そう、こんな事態になるはずではなかったのだ。空しく木霊する悪態に応えてくれる仲間は居らず、その事実によって、ただでさえ重量のある自身の装備が余計重たく感じられてくる。

 この日、新米冒険者であるメルとその仲間たちは、受注していた自分達の階級ランク相応の任務クエストを行っていた。それは、メルらが拠点とする街の近隣の畑を荒らしている害獣の捕獲と言う、極めて初歩的な任務だった。

 思っていた通り、畑荒しの犯人であった豆猪まめいのししたちを罠へと誘い込み捕らえるまでは非常にスムーズに進んでいた。後は獲物をギルドに引き渡して任務は完了するはずだったのだ。

…その豆猪の内の一匹が変異し、閉じ込めていた檻を破りさえしなければ。



 豆猪は、普通の猪に比べて一回りも二回りも小柄で、また、十数匹の群れを形成して生活をしている動物である。

 しかし、その愛らしい見た目と名前に反して魔獣に分類されており、人里に出れば畑の食物を食い荒らし、万が一魔獣特有の突然変異を起こせば、時には死者が出るほどの被害をもたらすこともある。



 任務達成を確信したメルたちが気を緩めた瞬間を見計らったかのように、突然変異を起こした一匹の豆猪が体を膨らませ、自身を閉じ込めていた檻を破壊した。派手な音を立てて爆ぜた檻の中からは、捕まえていた豆猪たちが蜘蛛の子を散らすようにして溢れ出す。その波に紛れるように、事態を引き起こした当の魔獣が背後の森の中へと逃げ込む姿が目に入った。


「シーリンとエイリークは逃げた豆猪をお願い!」


「…っ!おい、お前はどうするんだ!?」


「逃げたあいつを仕留める!大丈夫、すぐ戻るから!」


 既に走り出していた私に向けて放たれた仲間の言葉に、最低限の返事をして前を向く。

 逃げた豆猪はこの際仕方がないとしても、変異を起こした一匹は単体でも十分な脅威になる。下手に放置して万が一にでも被害が出ては、見習い冒険者の身でどんなペナルティを課せられるか分かった物ではないと考えたのだ。 

 私は背後で叫ぶ仲間の声に耳を貸すことなく、速度を緩めずに魔獣を追って真っ直ぐと森の中へ飛び込んだ。

 そして話は冒頭へと戻る。

 


             ☆



 どこまで続くとも知れない森の中で、変異した豆猪の姿をどうにか捉えながら走り続ける。大型犬ほどにまで膨れ上がったお陰で、薄暗い森の中でもどうにかその姿を捉え続けられているのは不幸中の幸いだった。

 ただ、いい加減息も上がってきており、そろそろケリをつけなければそう遠くないうちに逃げ切られてしまうだろう。

 その前に追いつかなければ。そう考えて踏み込みに力を込めた矢先に、前を疾走していた変異豆猪が急制動をかけたのが見えた。

 

 行くならここしかない。そう判断したメルは、腰に装備している打撃武器メイスに手を掛けながらさらに速度を上げる。一気に距離を詰めて豆猪を有効射程に収めると、必殺の意気を込めてメイスを振り上げた。


「はあーー!!……え?」


―――が、豆猪と共に視界に飛び込んできた思わぬ光景に、メルはそのままの姿勢で固まってしまう。

 生い茂っていた木々が目減りし僅かに開けた天然の広場。そこには、フードを目深かに被った茶色いローブ姿の集団と、それに相対する白髪の少年が立っていた。ローブの集団と少年は各々に武器を手にしており、よく見れば集団の中に怪我を負っている者もいる。両者の間に流れる緊迫した空気から見ても、一触即発と言うよりは既に戦端が開かれたと見て間違いないだろう。

 そんな中に状況も分からず突っ込んだメルに集団の方の数名が殺気立った視線を向けてくると―――


「…貴様もこいつの仲間かあぁ!!」


 そのうちの一人。唯一メルを間合いに捉えていた男が激昂しながら、自身の身の丈ほどもある大剣をメルに向かって振り下ろしたのだ。


「う…、え?」


 事態が全く理解できない。容赦なく迫ってくる死の塊に対して、体も心も全く着いてきてくれる気配はなかった。

 死んじゃう。目前に刃が達し、ようやく、余りにも端的な自覚が生まれた刹那――― 


『ーーーッ!!!』


 鈍くも甲高い金属音が間近で鳴り響き、メルを両断するはずだった大剣がその動きを止めたのだ。


「ぐうぅぅ…!?」


「………」


 腰を抜かして座り込んでしまったメルの目に、自身を庇うようにして男の大剣を受け止めた、先の少年の後ろ姿が映った。

 少年が持っているのは、その細腕と同程度の幅しかない無骨な長剣だ。どう見ても、男の大剣を受け止め切れるようには見えない。  

 しかし現実として、顔を真っ赤に染めながら剣を押そうとしているのは男の方であり、少年は顔色一つ変えずにそれを押し留めていた。

 その鍔迫り合いも長くは続かなかった。少年は剣を握る右腕を左下方へと流し、それによって崩れた均衡に対応し切れなかった男も同じ方向へと屈みかける。一瞬の弛緩を見逃さずに放たれた少年の左膝が男の腹に食い込むと、男は口から胃液をぶち撒けながら後方へと跳ね上がり、次の瞬間には地面に墜落していた。

 一瞬のうちに少年の一撃を受けて動かなくなった男の姿に、彼の仲間たちの間では僅かに動揺が広がる。しかし彼らも素人ではないらしく、起こったさざ波をすぐに打ち消し再度殺気の含んだ切っ先を少年へと向けた。

 対する少年は相変わらず表情のないまま彼らを見返していたが、思い出したようにメルへと不意の視線を向ける。


「―――立てる?」


「…え?」


 突然のことに反射的に聞き返してしまったが、少年は大して気分を害した様子も無く言葉を重ねる。


「立てるなら、自分の身は自分で守ってほしい」


「ああ、…うん」


 曖昧に回答しつつも武器を手に素早く立ち上がったメルに、少年は無言のまま小さく頷いた。そして再び前を向くと、


金属操作メタル・ベンディング―――『ナイフ』」


唱えられた詠唱に合わせて、少年の持つ長剣が融けるようにして形を変え、二振りのナイフになった。


「「…!!」」


「うそ…」


 目の前で起こった信じられない光景に、メルは今度は驚愕によって再び硬直してしまう。

 しかし、ローブの集団の反応は違った。


「ギルドの…冒険者…!!」


これまでで最も激しい殺気がにわかに膨れ上がったのだ。 


「相手は二人だ!全員で押し潰せ!!」


「「「はっ!!!」」」 


 集団後方の人物による言葉が契機となった。


「龍脈励起…焼き尽くせ!!」


 恐らく魔術師であろう人物から放たれた火球が、人一人を容易に飲み込むほどまでに成長しながら少年へとまっすぐ飛翔する。

 対する少年は地を這うようにして屈むことで火球の真下を抜けて回避すると、背後で立ち上がる火柱を顧みるそぶりも見せずにさらに跳躍。集団のど真ん中へと突貫した。


「行かせる…がっ!?」


 進路を塞ぐべく大柄な男がハルバートを振り下ろすも、少年はその武器と男の顔面を踏み台にして空中へと身を躍らせる。そのまま体を捻って着地すると、勢いを殺す事なく再び集団の中を走り始めた。彼の視線の先には、先ほど攻撃の号令を出したと思しき人物が立っている。恐らく男性であろうその人物のローブの下には、集団の他の人々とは異なる鮮やかな朱色を基調とした高価な装いが覗いている。少年は一辺の迷いも見せずにその人物に向かって突き進んでいるように見えた。


「あの服って確か、アウロラの高位神官の…?」


 メルが呟いている間にも、少年は立ちはだかる面々の側頭部を蹴り飛ばし、獲物を持つ利き腕を切り裂き、的確に急所をついて突破していく。瞬く間に全ての手勢を戦闘不能にした彼は、丸裸同然となった件の人物の前に降り立った。


「…ギルドの命令で、私を殺しにきたのか?」


「………」


 神官の絞り出すような質問に答えることもなく、少年はただ無表情に相手を見つめていたが、


「金属操作ーーー『刀』」


再び唱えられた詠唱に従って形成された抜き身の刀身を振りかざし、躊躇なく振り下ろした。

 刀は袈裟斬りの軌道を描き、間違いなく神官を斬殺するはずだった。…予想外の妨害さへ入らなければ。


「ぐおっ!!?」


 刃が神官に達する刹那、低い呻き声を上げた神官の体が横にスライドするように弾き出され、刀の軌道から外れる。そのまま森の奥へと撥ね飛ばされ、暗がりの中へと姿を消した。代わりに上がったのはーーー


「ーーーーー!!!」


胴体を真っ二つに両断された変異豆猪の断末魔だった。

 何の因果か、殺される運命にあった神官の命を救った魔獣は、激しい血飛沫を撒き散らしながらどっと地面へと崩れ落ちた。


「…っ」


 ここで初めて少年の表情に訝しげな表情が浮かぶ。彼は神官が撥ねられた方へと顔を向けるが、既に日の落ちた森の中ではすぐに見つけるは容易ではない。

 さらに、


「何これ…霧?」


 メルは自分を包み込むように広がり始めている霧に気がついた。よく見ると、少年によって倒された魔術師の一人が密かに術式を展開している。神官を救うために必死の思いで唱えたのだろう。

 少年はどうすべきか迷った様子で佇んでいたが、やがて聞こえてきた遠い声に僅かに反応した。


「ーーーゲルギウス殿!ご無事でありましたか…。予定の場所にお見えにならないので心配しておりました。捜索隊を出したのは正解だった…」


 聞こえてくるのは心の底から安堵していそうな初老の男性の声と、多数の鎧が鳴らす金属音。霧に撒かれてよく分からないが、それなりの規模の手勢が付近に来ていることは感じ取れた。

 少年はしばし黙考していたが、やがて静かにメルの方へと顔を向けた。一瞬自分も口封じに殺されるのかと身構えたメルだったが、少年は黙ったままメルが来た方へと人差し指を向けた。何となく、『今日見たことは忘れてすぐに立ち去れ』と言われているような気がする。メルがコクコクと頷いて了解の意思を伝えると、少年は踵を返して気配のする方とは真逆の方向へと足を向けた。そして、そのままメルの方へは一切視線を向けることなく走り出し、音も無く霧の中へと姿を消した。

 残されたメルは釈然としな気持ちを抱えながらしばらくその場に突っ立っていたが、万が一霧の向こうの集団に発見されても面倒だと自分に言い聞かせ、元来た方へととって返した。ーーー大きなため息を吐きながら。



             ☆



「任務達成ご苦労様でした〜!またのご来訪をお待ちしております!」


 背中に受付嬢の挨拶を聞きながら、メルはギルドの扉開いて外へ出た。


「はぁ〜。任務も無事達成できたし、何も言うことないはずなんだけどなぁ…」


 昨日からどうにもすっきりしない気持ちを引きずっており、本日何度目になるかも分からない溜息と共に愚痴をこぼした。

 森の中での事件から一夜明け、メルは無事にギルド本部が置かれている街に帰ってきていた。

 変異豆猪を追って別れた仲間たちはきちんと逃げた豆猪たちを捕獲しており、変異体の死体の一部も合わせて提示したおかげで、任務は満点の評価を受けることができた。

 それでも気分が晴れないのは、まず間違いなく昨日目撃した一連の出来事のせいだろう。彼や彼と対峙していた集団は一体何だったのか。あの場にいた唯一の手がかりと言っていい聖アウロラ皇国の神官は、何故あんな辺鄙な場所にいたのか。正直なところ、ただの野次馬根性からくる感情であることは自覚しているものの、やはり気になるものは気になるのだ。そう考え事をしながら歩いていたからだろう。


「わっ!?」「っ!?」


前から歩いてきていた人とぶつかってしまったらしい。互いに全くブレーキをかけていなかったこともあり、どちらも尻餅をついて倒れ込んでしまった。


「ごめんなさいっ!考え事してて前見てなくて…って、え?」


 慌てて立ち上がって倒れた人物に手を差し伸べたところで、メルの体は固まってしまった。


「…あなた、もしかして…?」


「……君は…」


 倒れた人物も気がついたらしく、地面に手足を投げ出したままメルの顔に感情の起伏の少ない視線を向けていた。



ーーーそう。昨日の一幕を引き起こした張本人である白髪の少年が、メルの目の前に現れたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めまして、タモンと申します。

 この度はこちらの作品を手に取っていただき、ありがとうございます。完結まで長く描くことになるとは思いますが、お付き合いいただければ嬉しいです。

 基本的に毎週木曜日の午前中に更新していきますので、よろしくお願いします。


 ここからは内容関係なく個人的なお願いになるのですが、誤字報告や助言などは遠慮無くして行ってもらえると有難いです。

 素人が書いていることもありますが、何分締め切り(自分で設けたものではありますが…)ギリギリまで書いてろくに見返しもせずに投稿しているので致命的な誤字脱字、消し忘れたプロット、設定段階の名前などがちらほら発見されています。

 遠慮なく指摘していただけると非常に助かります。


よろしくお願いしますm(_ _)m

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