第30話

 インターンを開始して周囲のスタッフとの予定が漸く合ったある日の金曜日の業務後、広木はクラーク・キーの味千ラーメンでインターン先のスタッフと食事に出掛けた。宿舎ではフローやユラと共同生活を送っているとはいえ、日本語で心置きなく会話が出来る場は広木に取っては、羽を伸ばすのに丁度良い機会であった。

 自分のことを訊ねられればそれに答え、自分についての関心を寄せてくれる者がいることで広木も周囲に気を許しては酒が進む。酒の進み具合いが良いことで広木も饒舌になり、皆と連なって2軒目の日本式の居酒屋へも顔を出した。


 久々の日本食で腹を満たした広木は、皆と解散したあと近くのオフィスビルのトイレで用を足し、タクシーを拾った。このまま真っ直ぐ宿舎に向かうには少し物足らない、そんな気分だ。真っ直ぐ帰宅したくない時は通りを流すに限る。広木はゲイランの入口の通りでタクシーを降り、当てもなくゲイランを散策することにした。日本で過ごしている時のように、ここではまだ見ぬナンパ相手と意気投合するかも知れないといったわくわく感は皆無なのだが、アウェイの地ということもあってそちら方面の期待は半分は諦めている。こういった通りの雰囲気を楽しむだけで、気を紛らわせるには事欠きはしないだろう。

 通りに沿って並んで立つ女性達を横目に先ずは歩き始める。どの通りにどんな女性がとまで頭に入っている訳では無かったが、当然日に依っている女性いない女性というのがおり、ビビビッと来る新しく見る顔がいないかを密かに期待しながら歩いた。大半は中国から、その他はアジア諸国からの出稼ぎ組が割合いを占めているらしかったが、通りの一角に白人女性が数人立ちならぶエリアが存在することを広木はそれとなく認識していた。ゲイランの地理自体が頭に入っているわけでも、入り組んだ通りが混在して道に迷うほどのものでもないのだが、朧げな記憶を辿りながら何となくそちらへ足を向けていた。

 単純に彼女達が何処の国からやって来ているのだろうかと興味が湧いてくる。食事の後の少し上がったテンションに身を任せて、少し会話を交わしてみてはどうだろうかと広木は思う。髪の色や目の色からしてロシアや東欧の雰囲気のようではあった。間違っても後ろ姿や顎の下の肉付きから北米からではないことは確かだろう。


 記憶や目印を頼りにそのエリアへと向かうと白人の女性が二人、通りにコンクリートに腰を掛けて暇を持て余していた。近付いて声を掛けると、よく分からないアジア人が声を掛けて来たといったところか、聞き取れない言葉を2、3互に交わして笑みを浮かべながら応じた。余り顔の表情の変わらない二人をやはりロシアや東欧の出なのかと伺うと思い切り読みは外れていた。スペインからやってきたというこの二人も他の通りの女性と同じように、ここで仕事をしているということだった。価格は120SGDと他の中国やアジア系の女性達とは高めの設定であったが、日本円で換算してみてもそう高い訳では無い。

 会話に積極的に応じる方の女性は小柄で華奢ながら出るところがはっきり出ているからか、骨格がはっきりしているように見える。こちらは徐々に表情が和らいで来て、遊んで行かないならとっとと失せろとでもまた聞き取れない言葉でこちらに言っているようだった。もう一人の女性は少し肉付きが良く、直接こちらに言葉を発する訳ではないためか、ずっと表情は無いままだ。


 広木は応じてくれる方の女性の聞き取れない言葉に、無駄な時間を使わせる訳にもいかないと思い、この条件であれば構わないといった旨を相手に伝えた。漸く表情を緩めて応じた女性は腰を上げ、両手を合わせて「Gracias」と発しながらその手を揺らした。

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