第9話
何となくそのような話題に持っていければと取り留めも無く切り出した広木は、アレで意図が伝わっただろうかと疑心暗鬼になっていると新田が口を開いた。
「なるほど、お仕事のことでお悩みのようで」
「はい、そんなところです。今が順調なのか上手く行っていないのかも自分では判断がつかないというか」
「そうですか、私にはそんなに上手く行っていないようには思えないですが」
「例えば、職場に身を置きながら感じるのは、周囲が優秀過ぎてとても張り合えているように思えません。学歴なども私とは比較にならない名門校出身者や帰国子女の英語以外の語学も普通に話すような者がそこら中にいます。同じように働くのは無理だろうと考え込んでしまいます」
「そうですか。それで、向いていないならいっそのこと辞めてしまえばラクになるのではないか、そうお考えということでしょうか」
「その通りです。実際どうなんでしょうか」
「私からすれば、先ほども申し上げた通り上手く行っていないようには思えません。寧ろ向き不向きの話をすれば向いているようにすら思えます」
「では、何故このような違和感や疎外感に苛まれるのでしょうか。私には今の職場が向いているとはとても思えません。少なくとも、このまま働き続けて周囲の人間と対等にしのぎを削り合うといったことが出来るように思えません」
広木は何度も同じことを繰り返し告げているように思えた。いざとなると弁が立つと思い込んでいた自分自身の表現力の乏しさを痛感する。それをも見透かされているかのように、新田は穏やかな表情を崩さずに頷き続けながら、広木の目とまたその両肩の少し上とを視線を行ったり来たりさせながら続ける。
「あなたが感じられているその違和感の原因の一つとして挙げられるのは、まずあなた自身が感覚で物事を判断したり行動に移すタイプで、それに対してあなたの身を置かれる世界というのは論理的な考え方をする人が多いということが考えられます。当然行動や判断の基準が違えばギャップを感じてしまい、あなたの迷いや違和感の根源になっている、そういう考え方も出来ます」
「そう言われてみると、私は感覚的な方かも知れません」
確かに広木は高校の留年を繰り返したり中退など周囲の人間と別の道を歩まざるを得なくなって以降は、思考を重ねて自分の中で消化する、何とか自分なりの答えを導き出すといった習慣が根付いていた。そういった過去の経験や判断基準を元に、今回はこうだと自分なりの拠り所に問いながら判断を下し、行動に移す。そういった習性が根付くのを通して自分自身に過信し過ぎる節はあったかも知れない。自分としては論理的な思考力はこれまでの経験で十分に培われているという自負があったが、それはあくまでも主観の中だけで成り立つ話で、客観的な周知の事実を重ねたロジカルな思考であったかと考えると、ほど遠いように思えてならない。そしてこうした自問自答による自己分析を瞬時に行いながら、感覚的ということ以前に感情的だと思えてならなくなる。
新田が続ける。
「考え方が違えば、同じことをしていても伝え方や見せ方もまったく別のものになります。きっと周囲のそれとあなたのそれとで今はまったく異なるのでしょう」
「その通りだと思います」
広木は何かが合点したように返す。
「でも考えてみてください。そういった環境に身を置くことで、あなた自身も以前よりはそういった考え方を無意識に取り入れているということは無いですか?」
「それはあると思います。まったく得意としない立ち振る舞いを、不慣れな状態で求められるがまま応じているような、その様が周囲に対して見劣りしているのではないかと痴態を晒しているような、弱みを露呈させられているようなそんな毎日です」
「それはそうでしょう、不慣れなことを強いられている時は誰しもそんな状態だと思います。でも、あなた自身も完全に受け入れることが出来ているかは分かりませんが、そうせざるを得ないと許容しつつあるから不慣れでも行動に移せている」
「そう言われてみれば、そうとも言えるかも知れません」
広木はそれまで自覚のなかった自分自身のことを新田に言語化されながら、気後れしつつも全くその通りかも知れないと思った。
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