大和撫子と過ごす日々
平成オワリ
第1話 婚約破棄
「
「え……?」
昼休み。
太陽が気持ちよかったからと屋上の屋根で昼寝をしていたら、下からそんな声が聞こえてきた。
こっそり覗き込むと、校内でも有名な三人の同級生が向かい合っているのが見える。
学校一のイケメンとその恋人、さらに恋人の双子の妹。
全員同学年だから顔と名前はもちろん、人間関係も知っていた。
そのうえで、先ほどの発言から考えるにどうやら修羅場らしい。
「
「家のことなら心配いらない。だって僕が見つけた真実の恋人は……
「そういうことだからお姉ちゃん、ごめんねー」
「っ――⁉」
なんというドラマ的な展開だ。
あまりにも王道過ぎる展開に、思わず前のめりになって状況把握をしたいと思ってしまった。
まずは黒一点。黒髪さらさらヘアーなイケメンは、
切れ目な瞳が色気を出しており、顔良し、高身長のスタイル抜群で女子から多大な人気を誇る学校一のモテ男だ。
それでいて勉強、運動ともに抜群で、天から二物も三物も与えられたというのに性格もよく、男子からもよく頼りにされている。
その正面に立つ少女は
黒髪をストレートの流し、清楚な雰囲気を纏った大和撫子。
友人曰く、男子の中でも隠れファンが多いらしい。
なぜ隠れかというと、八王子の許嫁だから。
誰もあのハイスペックマシンに勝てるとは思ってないので、ただ憧れを抱くだけでその想いは胸の内に秘めてしまうのだという。
「……まあ、たしかに美人だよな」
立てば
彼女自体はあまり目立たない性格をしているが、それでも目で追ってしまうような華があった。
制服の上からでもはっきりわかる同年代の平均より大きな胸は、男子生徒たちの話題の種でもある。
顔良し、スタイル良し、性格良しの三拍子。
実際、こうして見てもなんとなく目が離せないのだから、もし彼女が本気で化粧をしたりしたらどんな女優もアイドルも霞んでしまうだろう。
ただ、学園の王子様と付き合っているからか女子の妬みも結構多いようで色々と大変らしいと聞いたことがある。
そして最後に出てきたのは
姉と違い、髪の金髪に染めてツインテールにするなど中々派手めな格好だが、誰に対しても明るく元気で接すると評判の少女だ。
男女ともに友人が多く、人と関わりが少ない俺でも何度も名前を聞くほどの人気者だが、正直あまり好きなタイプじゃない。
なんというか、裏がありそうな気がして仕方がないのだ。
こう、ムカつく相手は女子トイレに呼び出して締める的な……。
いやもちろん、そんなことをしてるなんて聞いたことないが。
そんな三人の修羅場。
普通の高校生みたいに付き合った別れた程度の話じゃないのは、彼らの家が関係している。
「相変わらず、金持ちの家は面倒そうだな」
九条家と八王子家は昔ながらの名家で、二人が婚約しているのは周知の事実。
俺もそれは知っていたが……。
「思えば、八王子と九条さんって許嫁の割には仲良くしている雰囲気はあまり感じなかったな。学校でも一緒にいるとこあんまり見なかったし……」
――まあ、そもそもほとんど知らない相手だけど。
全員俺と同じ二年生だし姉の方の九条さんはクラスメイト。
だがそれ以外に接点もなく話したことはない相手だから仕方ない。
「わ、私になにか、至らぬ点があったのでしょうか?」
「いや、そんなことはない。ただ俺は冬華よりも夏姫と生涯を添い遂げたいと、心からそう思っただけだ」
「家が決めたことを、そんな理由で――」
「その理由が大事なんだ。もうこの時代、本人同士の想いを無視しての政略結婚なんて時代遅れもいいところだぞ?」
ショックを受けている九条さんに対して、八王子は淡々としている。
あんな美女を振るとか信じられないが、そもそも次の受け入れ先もまた美女だからいいのだろうか?
なんにせよ、イケメンの考えることはよくわからない。
「そんなに睨まないでよー。別に、お姉ちゃんだって翔くんのことを本当に愛してたわけじゃないんでしょ?」
「そんな、そんなことは……」
「冬華、もういいんだ……俺たちは昔から結婚することを決められてたけど、お互いただ義務だけで傍にいただけだった」
「それは、ですが……それが私の役目なのに……」
「心配しなくても、俺と夏姫はお互い愛し合っている。これで九条家と八王子家の繋がりは盤石だし、君がこれ以上苦しむ必要もないんだ」
なんというか、八王子は凄い自己中心的な発言な気がするのは俺だけなのか?
九条さんの身体は震えていてなにかに怯えている様子。
なのにそれが見えていないように、ただ自分の都合だけを押し付けているようにしか見えないし。
というか、俺には浮気したけどお前にも問題あるよね、って言ってるようにしか聞こえないんだが……。
「もう家のことは私たちに任せて、お姉ちゃんは自由に生きたらいいからねー」
「夏姫……貴方は昔からいつも……私の唯一の役目まで取るのね」
「……もう、役目なんて言ってるから駄目なんだっていい加減気付いてよ」
「っ――」
怖い……。
あの姉妹、なんか確執があるのだろうけど、すっげぇ怖い。
九条さんは恨むように睨んでて美人が怒ると怖いし、それを見て煽るような笑顔で返す妹さんの方も超怖い。
その横でやれやれと姉妹喧嘩を見ている八王子、お前はもっと罪悪感を覚えて怯えろよ。
この美人姉妹、お前を巡って争ってるんだぞ?
「まあ今回のことは冬華にとってもいきなりのことだから、落ち着いて考える時間が必要か」
「そだねー。まあ結果的に、これが良かったんだって思えるからさ。お姉ちゃんももう怒らないでよ」
そうして八王子と妹さんは屋上から出ていき、一人残された九条さんはその場で蹲ってしまう。
「……ぅ」
浮気現場のはずなのに、なぜか九条さんの方が悪いみたいな雰囲気が漂っていた。
スマホを見るともうすぐ昼休みが終わってしまう時間。
――あそこで泣かれたら俺、出ていけないんだけど……。
「……」
なんて思っていると、九条さんがゆっくりと立ち上がる。
真面目な彼女のことだから、こんなときでも授業に遅刻は出来ないと考えて――。
「ちょっ⁉」
ゆらゆらと、まるで幽霊にでも取りつかれたかのような緩慢な動きで懐から取り出したのは一本の『短刀』。
彼女はじっとそれを見つめて、そのまま自分の首に沿わせ――。
「待ったぁぁぁぁ!」
「っ――⁉」
嫌な予感がして屋根から飛び降りた。
九条さんの腕を掴んで短刀を奪い投げ捨てる。
その勢いで彼女を抱きしめてしまうが、こればかりは不可抗力としか言いようがないだろう。
「あ、ぶねぇぇぇ!」
「ぁ……」
「なにやってんの⁉ いや見てたから全部わかってるけど、それでも言わせろなにやってんだ⁉」
迷いがなさすぎだろこの令嬢!
普通自殺しようとするにしてももう少し躊躇えよビビるわマジで!
「一ノ瀬さん……?」
「ああそうだよクラスメイトの一ノ瀬だよ!」
これ以上変なことをしないように全力で抱きしめると、彼女のか細い身体が震えているのがわかった。
最初はなんとか腕の中から脱出しようとする九条さんだが、俺の力が強いせいで逃げ出せないらしい。
「……う、ううう、うぅぅぅぅ!」
「いきなり泣くの卑怯じゃね?」
「ううう、うぅぅぅぅ!」
もはや自分が今どういう状況なのかもわかっていないのだろう。
九条さんは声が漏れないようにするためか、俺の胸に顔を押し付けて、ひたすらくぐもった声を上げる。
ここで八王子とか妹さんに対する悪態を吐かないのは、彼女の美徳なのかそれが思いつかないのか……。
なんにせよ、いきなり短刀で首を切って自殺をしようとするくらい、追い詰められていたのだろう。
「あんまり金持ちの家には関わりたくないんだけどなぁ……」
とはいえ、さすがに今の彼女を放っておけるような薄情な人間にはなりたくない。
とりあえず落ち着かせようと、弟にしてやるように彼女の背中をポンポンと叩く。
「あ、すまん……」
「……」
やってみて、さすがにクラスメイトにすることじゃないと思った。
ただ九条さんも嫌がる素振りは見せないし、なんとなく迷子のような雰囲気を放って抱きしめるのも少し違う気がする。
――抱きしめるって、恋人みたいだし……。
じゃあ背中をポンポンするのは違うのか、と言われると言葉に詰まるが……。
とりあえず疚しさはありませんよ、という気持ちを込めて、彼女が落ち着くまで手を止めずにいた。
ただ、どうやら俺も冷静ではなかったのかもしれない。
腕の中にいるのは、学園でも話題の美少女。
しかも俺の身体に直に当たる彼女の柔らかさは、あまりにも――。
――これは光太これは光太これは光太!
まだ幼い弟を思い出し、今あやしているのは自分の弟だという暗示をかける。
そうしなければ、このまま邪な想いを抱いてしまいそうだった!
しばらくすると学校のチャイムが鳴り、昼休みが終わる。
俺も授業をサボる気などなかったのだが、九条さんは動く気配がない。
「……もう、少しだけ、こうさせてくれませんか?」
「……マジか」
「お願、い……します」
おそらく九条さんは無意識にそう言っているだろう。
声は途切れ途切れで指は震え、ときおり嗚咽も漏らしていて、とてもまともな状態には見えない。
ほとんど関わったことのない男に抱き着かなければならないほど、精神的に追い詰められているのだろう。
だが気付いて欲しい、今の俺も中々追い詰められていることを!
「ポンポンはどうする?」
「……」
さきほどまで光太のことばかり考えていたからか、幼稚園児の弟に接するみたいに言ってしまい焦る。
ただ九条さんはなにも言わないので、とりあえず継続する。
――これは、光太……。
美少女をただ抱きしめるというシチュエーションよりも、子どもをあやしている方が俺の精神衛生上まだマシだった。
「「……」」
お互い無言の時間が過ぎる。
どんなに言い訳をしても、光太はこんなに柔らかくないんだよなぁ。
彼女の背中を引き続きポンポンしながら、身動きできない状況なので空を見上げてみる。
カラスが飛んでおり、ゆっくりとした風が流れていた。
「ん……」
態勢が苦しかったのか、九条さんが身動ぎする。
少し見える横顔は同じ人間とは思えないほど小さく、あまり化粧をしている風には見えないが、どのパーツも凄まじく整っていた。
女性の綺麗な黒髪を烏の濡れ羽色、なんて表現するが、間近で見ると九条さんの髪はまさにそうだなと思う。
――凄い美人……。
もう無理だ。こんな美少女を見て、弟とは思えない。
そんな風に思っていると、九条さんも多少落ち着いて来たのか、身体の震えも止まっていた。
これならもう自殺とかは考えないだろう。
あとは何事もなかったかのように別れれば、それでいい。
――俺が九条家や八王子家みたいな金持ちと関わったって、良いことはないのだから。
「帰ったら光太のご飯、どうすっかなぁ……」
腕の中の温もりとか、柔らかさとか、正直健全な高校生には中々堪えるものがある。
とりあえずやましい気持ちにならないよう、まだ幼い弟を思いながら現実逃避をし続けた。
その後――。
「申し訳ございませんでした。この醜態、命を持って償わせて頂きたく存じます」
「重い重い重い! とりあえず、顔を上げてください本当にマジで勘弁して!」
コンクリートの上でとても綺麗な土下座をする九条さんに対して、俺は全力で顔を上げさせるのであった。
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