第28話:地上からの迎撃
エクレアはスロットルを最大戦速に押し込んだまま、速度を増しつつ空中で
『デルタ2よりアルバトロス723、一機の
「ラジャー」
スティックとペダルを操作し、自機の向きをイントルーダーへと向ける。
SSW50ということはイントルーダーの進行方向はマウンテン・ビュー市と反対方向になる。
(よかった。これならば少なくともアンに危険が及ぶ心配はなさそうね)
それにしても、なぜ一つ? 侵入してきたイントルーダーは二機だと聞いている。
「アルバトロス723よりデルタ2、敵機は二つだと聞いているけど?」
『デルタ2よりアルバトロス723、敵機はグループになって飛行していると推測。そのまま追撃されたし』
「了解、アルバトロス723」
(グループになって飛行中?)
不穏な気配。だがエクレアは追撃を優先した。
イントルーダーの位置を
「トピア、無人機はどうなっている?」
『現時点で無人機群はエクレア大尉から百キロ以上離れた空域に降着しました。エクレア大尉の方が位置的に有利です。イントルーダーの出鼻を挫きます。増速願います』
頭上の軌道空母、アルテミスから冷静にトピアの指示が飛ぶ。
「了解」
エクレアはすでに最大戦速だった機体にアフターバーナーを加え、さらに加速を開始した。
アルバトロスのアフターバーナーは通常の航空機とは異なる。通常のアフターバーナーであれば噴射口に燃料を吹き込むことで増速を図るが、アルバトロスの場合、核融合エンジンを動力源とするため吹き込むべき燃料がない。
そこでアルバトロスは吸気する対気温度と相談しながら核融合エンジンの遮熱パネルを過剰に開くという面倒なことを行なっていた。
これには二段階の防護機構が組み込まれている。
最初の一段はパイロットによる判断、これはパイロットが必要だと判断すれば簡単に解放できる。その上が
この二段目のセフティを解除した場合、アルバトロスは設計限界以上の性能を発揮する。その代わり、最悪の場合はエンジンがメルトダウンする。
過去、このセーフティを解放したことのあるパイロットは一人としていない。
エクレアは国連監察宇宙軍機としては初めてこのセーフティを解除しようとしていた。
アラーム音が鳴り響く自機の中、自分の位置と航空管制システムが通知してくるイントルーダーの位置を見比べてみる。
会敵予測時刻はあと百九十秒。これでは間に合わない。
「航空長、第二アフターバーナーの使用を申請」
『ネガティブ』
すぐにアーロン少将から返事が来る。
『現状での戦力で対応されたし』
「ネガティブ」
瞬時に応答。
「今の速度では追いつけません。第二アフターバーナーの使用が必要です」
『私からもお願いしますよ、アーロン少将』
と、どこにいるのか判らないバレンタイン隊長から援軍が差し向けられた。
『この位置関係はこちらに不利です。私達もあと二百五十秒でイントルーダーに追いつく予定ですが、位置関係は明らかにエクレア機の方が有利です。第二アフターバーナーの使用許可を下さい』
アーロン少将はまだ逡巡するようだったが、やがて
『アファーム。アルバトロス723、第二アフターバーナーの使用を許可する』
と許可を与えた。
「了解。感謝します」
エクレアはアーロン少将に返事をすると、スロットルのロックを外して常軌を逸する加速を始めた。
マッハ9、マッハ10……
エクレア機が強烈な勢いで加速する。
エクレアとルビアの身体がシートに深く沈み込む。通常戦闘ではあり得ない猛烈な加速。
「ウ、クゥ……」
後席のルビアからかすかな悲鳴が漏れる。
第二アフターバーナーの加速Gは強烈だった。コクピットの中で警告音が渦巻いている。全ての機器が限界速度を越え、電子的な悲鳴を上げている。
機体の外縁が赤い。大気との摩擦により機体が急激に加熱されている。
ソニックブームを引きながら、エクレアは一気に高度一万メートルにまで駆け上がるといつもの索敵行動を始めた。
「ルビア、
「感、なし。周囲に、敵影は、ありま、せん」
「早期警戒機とのデータリンクは?」
「現在、六機の
敵機の位置は把握されている。それなのにアルバトロスの索敵システムに敵機がエンゲージされない。表示されているのは早期警戒管制機からの外部情報だけ。
「……歯痒いわね」
この先には大きな渓谷がある。だが、何が目的なのかが判らない。
「アルテミスコントロール、より入電。二機の、イントルーダーを、補足」
このデータは地上を見張る地上監視衛星の一つからもたらされたものだった。
すかさずそのデータが全ての
「高度千二百メートル? ずいぶんと低いわね」
モニターの中の画像を見ながらエクレアが呟く。
イントルーダーはこの先の山林地帯の向こうにいる。
高度千二百メートル。スティックを操作してダイブ、機体の高度をイントルーダーの高度よりも少し上、二千メートルに移動させる。
この谷間の向こうにイントルーダーがいる。
ソニックブームの雲を全身から吐きながらエクレア機が谷間の中へと突入する。
「エクレア、イントルーダー、補足」
後席からルビアの声。
「なん、か、二機で、仲良く、飛んで、るわ」
「了解」
エクレアは
先立って通知された通り、どうやらこのイントルーダーは新型のようだった。今までのイントルーダーがどちらかというと丸っこい形をしていたのに対し、今度の二機は先端が尖っていて、機体はいつもよりも大型だ。
(こいつら、何をしようとしている?)
まだ視界内に入らないイントルーダーを睨みながらエクレアが考える。
(そもそもこんな低空にまで進出を許すなんて……。もっと早くにアルバトロスを降ろせなかったのかしら)
現在の高度は約二千メートル。いつもは高度一万メートル以上の高空で戦っているのに今の高度は低すぎる。
「トピア、アルテミス・コントロールからの情報をデータリンク。こいつら、何を狙っている?」
『不明』
トピアから応答。
『市街地を目標として狙っている可能性があります。これから先、しばらくの間は原野しかありません』
「了解」
エクレアはスロットル全開のまま、イントルーダーとの距離を詰めていった。
+ + +
七十秒ほど追撃した後、ついにエクレアは二機のイントルーダーを視界に捉えていた。
二機で白煙を引きながら、何やら仲良く肩を揃えて飛行している。
飛行速度はマッハ4。仲睦まじい様子だが、そんなことを考えている場合ではない。
とりあえずエクレアはエアブレーキを開いて減速すると、イントルーダーの下側から機体の様子を注意深く観察した。
どうやらタドポールポッドは一つ。ただ、核兵器が内蔵されている可能性がある。
バイオ兵器やガス兵器が装備されている様子はない。バイオ兵器を装備しているイントルーダーは背中にトゲトゲがあるのですぐにわかる。
(どうする?)
そのまま背後に後退しながら自問自答する。
上空をオーバーヘッド、コブラ機動で正対してアベンジャー三十ミリガトリング砲で迎撃?
それとも下から打ち上げるか?
「トピア、テュールの位置を教えて」
『エクレア大尉、現在テュール群は高度二万メートルを降下中、その空域にはあと百二十秒で到達します 』
「了解」
あと二分。
エクレアはこの場は待機だと判断した。
イントルーダーの後ろについて、テュールがイントルーダーに追いつくまで待機する。
すでにアルバトロスの長距離画像レーダースクリーンにはテュール達の姿が見えていた。
いずれ上空からあのテュールの群が飛来する。その数三十。
(……バレンタイン隊長はどこ?)
機体を振り回しながらバレンタインの機影を探す。
(いない……まだ到着していない)
エクレアはバレンタイン隊の到着を諦めると、単独でイントルーダーの掃討を始めた。
背後からではイントルーダーを攻撃できない。
イントルーダーを一気に追い抜き、クルビット機動で機体をイントルーダーの前方に占位。
そのまま機種を上げ、裏返しのままイントルーダーに相対する。
ガトリング砲射撃開始。
ヴー……
三十ミリガトリング砲が猛烈な勢いで劣化ウラン弾を吐き出していく。
二機のイントルーダーは被弾するとこちらに向けて突進してきた。
イントルーダーは補助兵装を持たない。攻撃はもっぱら両腕で行う。
咄嗟に機体を沈め、迫ってくるイントルーダーを危うくかわす。
すれ違いざまイントルーダーは腕のようなウェポンベイをこちらに向け、大きな弾丸を二つ発射した。
機内にアラーム。
『イントルーダーから射撃。エンゲージ』
「緊急上昇」
ミサイルとも言えない巨大な弾丸がこちらに向かって飛んでくる。
エクレアは急上昇することでその二発をかわすと、再び追い抜いてしまったイントルーダーに相対した。
一気にすれ違い、宙返りしながらイントルーダーに向けて更なる砲撃を行う。
ヴー、ヴ、ヴ……
バイザーの中で残弾数が急激に減っていく。
小刻みに射撃を中止し、残弾を意識する。
同時に、エクレアに相対していたイントルーダーが大量のタドポールを放出した。
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