エピソード6──新型機投入──

第22話:人工タナカとの対話

 バレンタインと話したのち、トピアはアルテミスの戦闘指揮所I C Iの裏にある専用インターフェースチェアに腰を下ろした。

 トピアはここから国連監察宇宙軍のヘッドクォーターと直接対話することができる。ただ、手続きは少し面倒だ。

 シートに座り、接続を開いたのちにネットワークへとダイブする。

 トピアは背中の無線インターフェースを使って監察宇宙軍のネットワークにダイブすると、とりあえずエリス防衛分遣隊のドアを叩いた。

 真っ白なフロアの中心でセキュリティチェックを行い、ゲートを抜けたのちに入りたいフロアへと進む。

 人工タナカの入り口はエリス防衛軌道航空分遣隊の奥の方に密かに設置されていた。

 ドアを開き、タナカの姿を探す。ゲートの奥、エリス分遣隊のデータバンクのさらに奥。

 人工タナカはいつもここにいる。

 やがてトピアはタナカを見つけた。タナカが過去の交戦記録をぼんやりと眺めている。

『タナカさん』

 トピアは真っ白な部屋の中、モニターを眺めているタナカに背後から声をかけた。

『ああ、トピアさん』

 タナカが顔をあげ、トピアに微笑んでみせる。

 タナカはすでに死んでいる。だが、その人格はサイバースペースの中でほぼ完全に再生されていた。

 トピアはタナカが生きている時に言葉を交わした事があった。穏やかな、それでいて強い意志を感じさせる笑顔。

『今日はなんのご用ですか?』

『例の、タドポールの攻略についてご意見を頂きたいんです』

『ああ……』

 タナカがため息をつく。

『また、あの件ですか』

『はい』

 人工タナカが片手を振ると、彼の隣に白い椅子が現れた。

『まあ、おかけください』

『ありがとうございます』

 トピアは会釈をすると、タナカの隣に腰掛けた。

『特に新しい話題はないですよ。タドポールはスウォーム(飽和)攻撃をする、我々からみたら新型の機体に過ぎません』

『でも、そのタドポールをなんとかしないとエリス防空が危うくなります』

 トピアはタナカに反駁した。

『そうですね……』

 タナカが顎に手をやり、少し考え込む。

『今も新しい交戦記録を調べていたのですが、今のままではおそらく負けます』

『負ける?』

『そうです。負けます。一回に放出されるタドポールの量は概ね千機、これをなんとかしない限りこちらに勝ち目はありません』

 タナカは右手をスワイプしてトピアの目の前に大きなスクリーンを表示させた。

『先般のエリザベスIIの交戦記録を見る限り、今のやり方ではどうにもなりません』

『どうにもならない、とは?』

 トピアがタナカに先を促す。

『フォッカー中佐の指摘、いずれはセカンド・ウェーブが投入されるという指摘は理にかなっていますし、その兆候もすでに見られます』

 タナカは画面を操作してイントルーダーの腹部を拡大表示した。

『イントルーダーはこの部分にタドポールの射出装置を増設しています。このスペースにはまだ余裕があります。今までの経緯を考えると射出装置はいずれ二つ、あるいは三つになるでしょう』

 三千機のタドポールを用いたスウォーム攻撃。これは脅威だ。

『今はイントルーダーが何もしないからこれで済んでいるんです。ですが、タドポールを放出したのちにイントルーダーが通常の攻撃行動を行う場合、おそらくアルバトロスでは対処しきれません』

『…………』

 トピアは沈黙して考えを巡らせた。自分だけでは手に余るため、監察宇宙軍のスーパーコンピューターにもシミュレーションを命令する。

 放出されたタドポールが一斉にアルバトロスへと殺到する。アルバトロスはエア・インテークのレーザーを使ってタドポールを撃ち落とすが、撃ち漏らしたタドポールは旋回すると地表へと向かってダイブしていった。

 シミュレーションコンピューターの予測によれば、ダイブしたタドポールは地表に到達すると同時に大爆発を起こすらしい。そしてこれを防ぐ手段は現状存在しないというのが戦術シミュレーションコンピューターの回答だった。

『まずいですね』

 数千回の高速シミュレーションののち、トピアはタナカに告げた。

 核攻撃はないものの、何千ものミサイルが地上に降り注ぐ事態はなんとしても避けなければならない。

『はい。まずいです。ただ、今日私は解を一つ見つけました』

 タナカの言葉にトピアが顔を起こす。

『その、解とはなんなのですか?』

 トピアの問いにタナカは笑顔を見せた。

『こちらも無人機を投入するんです。それも十機単位で。トピアさんは無人機の操縦はお手のものでしょう?』

『それは……』

 トピアは口ごもる。

『私が今まで運用した無人機はせいぜいが三機です。それ以上はまだ試したことがありません』

『なら、試してみませんか?』

 タナカはトピアの瞳を覗き込んだ。

『こちらも一気に十機編隊を投入するんです。最低でも十機、できれば五十機投入できればこちらにも勝ち目が出てくると思います。今まではパイロットの数が問題となっていましたが、トピアさんが無人機を操縦するのであれば問題はありません』

 十機編隊での同時攻撃。

 その激しい提案にトピアは考え込まざるを得なかった。

 タナカはもう死んでいるので好き放題提案してくる。だが、一回に十機単位で投入するというタナカの提案は常軌を逸していた。

 確かに十機程度であればアルテミスからアルバトロスと共に投下することが可能だ。それに必要とされるパイロットの数は変わらない。

『よろしければ、私の方から司令部に提案書を送ります』

 人工タナカはトピアに笑顔を見せた。

『お願いします』

 トピアはタナカに頭を下げた。

 無人機を数十機交えた空中戦。

 これはひょっとすると、いや、しなくてもとんでもない提案となるだろう。

 トピアはバレンタイン隊長がどんな顔をするかを想像し、気が重くなった。

『ああ、それともう一つ』

 タナカは今思いついたかのようにトピアに告げた。

『コブラ機動はご存知ですね?』

 コブラ機動。機体を直立させ、一気に敵機の背後を取る航空戦技だ。

『……知ってはいますが、それが……』

 突拍子もないタナカの質問にトピアが口ごもる。

『コブラ機動を使う必要があるかも知れません。それにクルビット(コブラ機動からの宙返り)も。イントルーダーがタドポールを放出したら、これを使って一気に背後を取るんです。おそらくそうしないとタドポールを掃討することはできません』


+ + +


 人工タナカの提案はトピアが恐れた通り、エリス防空分遣隊で大論争を巻き起こした。

 確かに軌道空母は無人戦闘機であるOQ-3000を複数搭載していたが、目的はもっぱら地上目的の偵察であり、これを使った防衛戦闘は今まで検討されたことがない。

 そのため議論は白熱し、賛成派と反対派、それに中庸派が三つ巴となって昼夜を問わず議論が繰り広げられていた。

「はあ、まいったわ」

 クリステル艦長は憔悴した様子でブリッジへと帰ってきた。帽子を脇に抱え、乱れ髪のままどっかりと艦長席に座る。

 タナカ機はクリステル艦長の麾下にあったため、彼女への風当たりはことのほか激しい。

 とはいえ、人格再生されたとはいえども戦死したパイロットからの提言だ。各空母の参謀たちもクリステル艦長を責めることはせず、もっぱらそれしか解がないのかということを中心に議論が進められていた。

「無人機五十機って、うちの無人機OQ-3000って何機あるのかしら?」

 いつものように影の如く寄り添うアラン副長に背中越しに話しかける。

 今は艦内時間の午前3時。それぞれの空母が独自の艦内時間を持っているため、会議は時差を勘案することなく行われる。

「さほど多くはありません。確か十機程度だったはずです」

「もう少し積んだ方が良さそうね。最低でも三十機は欲しいわ。手配して」

「了解しました」

 エリス防衛分遣隊の強みは、予算のことを気にせず配備を要求できることだ。エリスが地球のライフラインとなっている以上、いかな国連監察宇宙軍といえども予算が足りないとは口が裂けても言えない。手続きは煩雑だが、現場の要求は必ず通る。

「ねえ、そういえば例の件はどうなったの?」

 クリステル艦長はアラン副長からコーヒーキューブを受け取りながら訊ねてみた。

「例のとは……デュアルモードスクラムジェットエンジンD M S Jのことですか?」

 アルバトロスが搭載しているスクラムジェットエンジンはシングルモードのため、機体の速度が一定速度以下になるとジェット推進が停止してしまう。

 最初のうちは何がなんでもイントルーダーに追いつくというその一点で開発されたアルバトロスだったが、戦況が複雑化した結果この弱点をなんとかしなければならないという事態に陥っていた。

 開戦当初は大気圏上層、中間圏での戦闘が主だったが、最近ではこれが中間圏下層、時には成層圏での戦闘が増えてきている。

 そこで日本のJAXAとアメリカのDARPA、イギリスのBAEシステムズ、スウェーデンの国防装備庁、それにロシアの国立航空機製造センターを中心とした開発チームが編成され、過去二年にわたってエリスの地表及び静止衛星上での実験が繰り返されていた。

「この前ご覧になった試験機は極超音速巡航ミサイルのエンジンでしたが、これをアルバトロスに搭載するプロジェクトもすでに完了しています」

 アランもコーヒーキューブを啜るとクリステル艦長に言った。

「もう試作機もあるそうですよ。機種番号も決まっています。OFA-71EX、機種名称は『アルバトロスII』です。まだ数は少ないので早い者勝ちだそうですが」

「試作機ねえ。その機体で今まで通りに運用できるのかしら?」

 クリステル艦長はあからさまに嫌な顔をした。

 確かに今のOFA-71は早晩時代遅れになるだろう。かと言ってたかだか二年程度でロールアウトしようとしている新型機を使うことについては不安があった。

 そんなクリステル艦長の気持ちを察したのかアラン副長は言葉を注いだ。

「大丈夫だと思いますよ。DARPAによれば高空時での空戦性能は今まで通りかそれ以上、成層圏以下での空戦性能もアルバトロスを上回るとのことでした。これについてはエンジン開発を担当したJAXAも問題ないと言っています」

「そう……」

 クリステル艦長はもう一口コーヒーを啜るとアランを見上げた。

「ちょっと探りを入れてみてくれないかしら。もし実戦配備できるのであれば、できる限り早くに調達したいわ」

「判りました」

「最近低軌道戦での被害が増大しているから、試してみたいの」

「そうですね」

 無表情のままアランが頷く。

「まあ、迎え入れるとなればバレンタイン隊長のところのOVF-13が良いでしょうね」

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