第16話:友達百人できるかな?
それにしても無茶苦茶な命令だ。
バレンタインがヒューと共にパーティの中に消えていったのちもエクレアは俯いて一人怒っていた。
わたしはアルバトロス・ドライバー、ただの軍人だ。
アルバトロスを自在に操縦できればそれ以上口出しされるいわれはない。
コーストガード2。エリス最大の大陸の西岸部に位置する大きな基地だ。周辺はアメリカナイズされ、地域は旧カリフォルニアのサンフランシスコ風に造成されている。ネオ・ジーランド駐屯地はそこから空路で三時間、そう遠い場所ではない。
翌日、エクレアとルビアは旅支度を整えてアルテミスの発艦デッキに佇んでいた。
温帯とは言え、ネオ・ジーランドの今は夏。なのでエクレアとルビアは熱帯仕様の服装を選択していた。
いつものようなスクランブルではないので、動きが緩慢だ。
目の前には国連マークの入った白い国連監察宇宙軍のシャトルがすでに待機していた。
シャトルの射出にはカタパルトを使わない。主翼を兼ねた放熱パネル下にロケットモーターが二本。さらに背中にもう二本。この四本のロケットモーターで減速し、シャトルは地上へと舞い降りる。
「うわー、わたしこれに乗るの初めて!」
まだ解放されていない発艦デッキで軍服姿のルビアはフリフリと身を捩らせた。
軌道シャトルは通常は政府や軍部の高官の往復に利用されている小さなスペース・シャトルだ。パイロット二名、乗員数は六。ただのシャトルのため操縦は容易い。
エクレアはてっきり自分がシャトルを操縦してコーストガード2に向かうものだと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いだったようだ。発艦デッキからも見えるコクピットの中で同僚のパイロットたちが降下準備を行っている。
やがて、シャトルの乗降デッキのハッチが開いた。
「どうぞ、お二人さん」
中から作業服姿の同僚が手を差し伸べる。
ハッチ大尉とスタスキー大尉。
どちらもバレンタイン隊長の部下たちだ。エクレア達と交代で彼らも降下する。成績は優秀で今まで
「はーい」
ルビアが元気に返事をする。
エクレアとルビアは二人が促す通りに客室へと通されていった。
+ + +
エクレアたちの乗ったシャトルは予定通りコーストガード2のニューエイムズ研究センターに着陸すると、そこからターボ・ヘリに乗機を乗り換え空路でネオ・ジーランド国連監察宇宙軍駐屯地へと移動した。
ネオ・ジーランド。
エクレアの故郷だ。
ネオ・ジーランドはエリスでは最大の都市の一つにあたる。一度は完膚なきまでに焼け野原になったにも関わらず、今では復興が完了していた。災害復興を得意とする日本の国防軍が陣頭指揮をとったおかげで復興は想定よりもはるかに早く完了したと聞いている。
色とりどりの広大な畑が高台にある基地の滑走路から良く見える。
「大尉は確かここが出身ですよね?」
とスタスキー。
「はい。うちはここから百キロほど離れたところに農園を持っていました」
エクレアが頷いてみせる。
農園の記憶。
思い返せば子供の頃の記憶には楽しい記憶しかない。小学校にも通ったし、近所には友達もたくさんいた。
運動会、文化祭、それにクリスマス。それぞれが楽しい思い出だ。
思い返すとエクレアは明るい子供だった。周囲の友達と楽しく遊んで、学校での勉強もトップクラスを維持していた。
かけっこは速かったし、運動能力も高い。
毎日夕方まで遊び、そして家族と夕食を共にする。
だが。
これをぶち壊しにしたのが第三次ネオ・ジーランド事変だ。
家族は全員亡くなり、友達も少数を除いて全て死んだ。
でも、なぜかエクレアは生き残った。
人間が地球外で亡くなった場合どこの天国に行くのかはよく判らなかったが、でもわたしは今でもここに居る。
訓練は厳しかった。だが、家族や友人を弔うため、事変があったのち、エクレアは歯を食い締めてアルバトロス・ドライバーになるための訓練を続けていた。
努力の甲斐もあり、今ではアルバトロスのエースドライバーだ。
もっとも、それはそうだろう。暇さえあればシミュレーターでの訓練に明け暮れているエクレアはバレンタインを除けば今では誰も追随できない領域に達していた。
周囲の同僚たちはエクレアを遊びに誘ったが、エクレアはそれを拒絶した。それよりはシミュレータールームに閉じこもっている方がまだマシだ。
何がなんでもイントルーダーをブチ殺す。
それが今のエクレアの生き甲斐だった。
家族の写真はスマートフォンから取り出した。これをプリントして持ち歩くのがエクレア流の供養だ。
「エクレアさんちの農園は健在ですよ。現在は監察宇宙軍が管理しています。建屋は焼き払われてしまったので、建物を新しく作って現地の農民に貸し出しています。……大尉、ひょっとしてご存知なかったのですか?」
いささか呆れたようにスタスキーがエクレアに言う。
そういえば家族が亡くなった後はエリスの戦災遺児施設にしばらく住んでいたんだった。興味を持たなかったから、その後農園がどうなったのかは全く知らなかった。
「ええ、興味を持たなかったので……」
周囲の冷たい視線になんとなく小さくなる。
「でも、ご自身の給与明細をご覧になったことはあったでしょう?」
「……いえ、わたしはアルバトロス・ドライバーですから。オンラインで送られてくるものもあまり……」
答えが答えになっていない。
スタスキーは呆れたように肩を竦めると、
「今度ちゃんとチェックしてみてください。ここの農地からもちゃんと収益が計上されているはずですよ」
とアドバイスしてくれた。
「なんだ、エクレアお金持ちじゃん!」
ルビアが肘で脇腹を突く。
「そのほかに遺族年金や戦災補償金が計上されているはずです。大尉には飛ばなくてもちゃんと生活できるだけの補償が支払われていると思います」
「……へえ」
イントルーダーを撃ち落とすこと以外に興味のないエクレアは背後で盛り上がるルビアを無視して滑走路へと降り立った。
+ + +
エクレアはてっきりネオ・ジーランドの駐屯地で地上勤務するものとばかり思っていた。
ところがどうやらバレンタインは違ったことを考えているらしい。
エクレアとルビアは到着した駐屯地からさらに車に乗せられると、エクレアの元生家の近くの戦災孤児院へと二人を連れていった。
「バレンタイン隊長がすでに話を通してくれているそうです。二人はここでしばらく暮らしてください」
運転席から振り返ったスタスキーがエクレアに言った。
「暮らすったって……」
「ただ暮らしていればいいみたいです。バレンタイン隊長は『エクレアもあそこでしばらく過ごせばきっと変わるだろう』と言っていましたよ。まあ、長い休暇だと思ってのんびりしてください」
(ひょっとして、わたし転属させられた?)
エクレアの胸が苦しくなる。
アルバトロスに乗れなくなるの?
スタスキーはそれに気づいたのか、
「大丈夫、所属は第一三エリス軌道降下航空部隊のままです。まあ、少しのんびりしてリフレッシュしろってことですな」
前を見たまま背後のエクレアにそう告げた。
到着した孤児院はエクレアが過ごした国連の孤児院とは異なる、私立の孤児院だった。場所はネオ・ジーランド州、マウンテン・ビュー市。
エクレアは監察宇宙軍が設立した大きな戦災孤児施設に収容されていたのだが、エクレアたちが到着した孤児院は『ヘムロック教会孤児院』という名の小さな私立孤児院だった。
現在収容されている孤児の数は約百三十人。それぞれが引き取り手を待ちながら学業に勤しんでいる。
アーチ状の小さなゲートを抜け、国連監察宇宙軍の白いリムジンが建物の前で止まる。すかさず二人のシスターたちが静々と近づいてきた。
先立って助手席から降り立ったハッチ大尉がエクレアたちの席のドアを開ける。
「ようこそ、ネオ・ジーランドへ」
ドアが開くと同時に年長のシスターが優雅なコーテシーを披露した。
今時一九世紀風のコーテシーをこんな異郷の地、しかも星系すら異なる場所で拝むことになるとは思わなかった。少し躊躇いながらもエクレアは座席から降りると二人のシスターに敬礼をする。
「エクレア・パレンティシス大尉です。しばらくの間、お邪魔いたします」
すぐにルビアも隣に並ぶと
「ルビア・ブラケット中尉です。よろしくお願いします」
と敬礼を送る。
「まあまあ、よろしくてよ。そんなに肩張らないで。ここをご自分のお家だと思って暮らして頂ければ良いのです。私はセシル・ル・カン、ここの院長です」
続けて彼女は
「バレンタイン中佐にお話は伺っております。ここは小さな孤児院ですが、そのお手伝いにいらしたとのこと、誠にありがたいお話です。どうか、ここの子供達を可愛がってあげてください」
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