インターセプターズ
蒲生 竜哉
インターセプターズ
エピソード1──紫色の悪魔──
第1話:O C V56軌道空母アルテミス艦内、発艦デッキ
『おい、ヒマだな』
バレンタイン中佐は
黒い塗装に金色の縁飾り。バレンタインの乗機にはイギリス風の塗装が施されている。
『わたしはそう暇でもないですけどね』
スミスは今も備え付けのキーボードとトラックボールを操作して戦術プログラムを改変している。
『軌道要素がどんどん変わるからこっちのスクリプトもやり直しですよ』
『そうか、ご苦労』
『その点隊長はお気楽ですよね。本能だけで落ちてますから』
『まあ、そうね』
バレンタインは鼻を鳴らした。
二人の会話のバックグラウンドに
《電子系統動作良好》
《エンジンの起動を確認》
《中佐、ノズルチェック願います》
『あいよ』
タブレットに目を落としたまま、半ば自動的に
《三次元偏向ノズル、動作良好》
《エンジン、アイドリングに問題なし》
《カタパルト接続》
《電源ケーブル、
慌ただしいことこの上ない。
つと、バレンタインはタブレットから目を上げた。
アルテミスの発艦デッキには三本の電磁カタパルトが備えられている。今も慌ただしく機体の調整をしている
いつ射出されてもいいようにミサイルと機銃の安全リボンはすでに引き抜かれている。
バレンタイン達が乗っている
OFA-71アルバトロス。
推進力はスクラム・ジェット、燃料はリチウム合金から生成されるトリチウム。
アルバトロスは機体中央に配置された二基の小型核融合エンジンを使って大気を加速する。
だが、強大な戦闘力を誇るアルバトロスの出撃前の準備は大騒ぎだ。
今も目の前を巨大なホースを抱えた甲板員が無重力下で漂って行く。
地上から発進する
《デルタ5よりアルテミス・コントロール。
《デルタ1よりアルテミス・コントロール、アルテミス制空圏の外縁が近い。指示を請う》
《アルテミス・コントロールよりデルタ1、
《アルテミス・コントロール……》
彼らの会話に耳を傾けながら、バレンタインは再び手にしたタブレットに目を落とす。
(……早期警戒機のオペレーターたちは大変だな)
ふとスミスの言葉が気になり、バレンタインはインターコムを通じてスミスに話しかけた。
『なあスミス、お前は俺が落ちているだけだって言うが、だってそうだろ? アルバトロスは基本的にはドロップシップだ。敵が来たら
《バレンタイン中佐、マスターアーム・オン願います》
話している間にも甲板員から連絡が入る。
『あいよ』
マスターアーム、オン。同時にヘルメットのバイザーに自機の武装が投影される。
ウェポンベイに収納されている
劣化ウラン弾だけで六トンものペイロードを消費してしまうため、そのほかの武装は存在しない。
合計十一トンもの莫大なペイロード、その全てがイントルーダーを撃墜することだけを指向している。
『核ミサイルを二発搭載して、マッハ二九でドロップするのが気楽だって隊長の神経の太さには本当に敬服しますよ』
『それはそれとしてだ……なんで毎回俺らのツレは『紫色の悪魔』なんだ?』
『さあ? 不満だったらアーロン少将に言ってください。でもこれはあくまでわたしの所感ですが、チーフの機動について来れるチームはエクレア大尉とルビア中尉のペアだけですよ。特にエクレア大尉は天才です。他はあり得ません』
『ふーん、そうかね……まあ、確かにな』
ローテーションの編成は
こう慌ただしいと雑誌の記事が頭に入らない。バレンタインは雑誌を眺めることを諦めると、目の前に広がる大きな戦術パネルともう解放されている発艦デッキに目をやった。
隣のカタパルトには濃い紫色の
大きな尾翼にオレンジ色の稲妻マーク。エクレアのパーソナルマーク。
スタンバイしているエクレアとルビアの乗機はすでにキャノピーを閉じ、機体には黒い耐熱シールドが装着されていた。
『まったく、生真面目なこっちゃ』
思わずバレンタインがゴチる。
フライトデッキで黄色い回転灯が静かに瞬く。
サイレンは鳴っていない。真空環境下でそのような作業はすべて無益だ。
一方、デッキに備え付けられた大型の戦術パネルには今も刻々と変わる戦況が表示されていた。
青い球体が惑星エリス、成層圏と中間圏がそれぞれ赤い線で示されている。
今、
今回侵入してきた三機のうち、二機はすでにヘッジホッグ隊が片付けていた。
残りは一機。
見る間にヘッジホッグ隊がミサイルを展開。パネル上に白い輝線と予測着弾点が表示される。
『……ヘッジホッグは派手だねえ』
『連中の装備は気が狂ってますからね。クラスターミサイル百四十四発、
『ああ』
バレンタインは発艦デッキの戦術パネルに目を凝らした。
『あーあー、なんだよ。十一、十二……十五隻も出撃してるんかよ。これで仕留められないようじゃああいつらゴミだな』
『まあまあ、そう言わず。連中が
『そうは言ってもだな、できれば大気圏内での核撃は避けたい。また環境団体に突き上げ食らって艦長室に呼ばれちまう』
『アベンジャーで片付ければいいだけの話ですよ、隊長。それをわざわざ核攻撃するから話がこじれるんです』
『しかしおまえ、劣化ウラン弾二万発って、たかだか五分程度しか噴射できないじゃないか。弾切れ必至、最後の核撃がお約束ってね』
『そのお約束が頭痛の種なんですよ……』
やれやれ、というふうにバックミラーの中でスミスが肩をすくめる。
高い場所から飛び降りないと飛び立てない
スクラム推進する軌道要撃機は一度空母から発進したら最後、引き返すことができない。そのため軌道要撃機には一撃必殺が求められる。
彼らは
イントルーダーが地上に到達したのちの結果は悲惨を極めている。核攻撃、バイオ攻撃、化学攻撃……
どこから来るのかすら判らないこの巨大カブトガニは一度でも地上に降りれば破壊の限りを尽くし、挙句の果てには核融合爆発を起こして消滅する。
エリス防空軌道戦闘群の勝利条件は一つだけ。
地上にイントルーダーを到達させてはならない。
勝たなくても構わない。だが、負けるな。
と、艦内放送が入った。
『アテンション。イントルーダーが中間圏に入った。現刻をもって本艦は強制軌道に移行する。
カウントダウンと同時にアルテミスがフルスロットルでロケットモーターの噴射を開始。軌道空母の高度が急激に降下し始める。それまで無重力だった発艦デッキに遠心力による荷重がかかる。
遠心力に押さえられ、甲板員達が発艦デッキの床に着地。吊り下げられていた
『おっしゃ。行くぜスミス』
バレンタインは手にしていたタブレットをコクピットの足元に押し込むとキャノピーを閉じた。
『了解です、隊長。軌道要素入力完了。耐熱シールド装着』
すぐに上から耐熱セラミック製の黒いカバーが降りてくる。
今までバレンタインのアルバトロスを整備していた甲板員達が整列して敬礼。
バレンタインは降りてくる耐熱シールドの隙間から答礼すると、親指を立てて彼らと最後の挨拶を交わした。
一方の
軌道空母の
だが、それでも空気は緊迫する。
毎度のことだが、強制軌道への移行には神経を使う。
艦は基本的にはエリスを頭上に見るように航行する。しかし、ドロップミッションに入る前に艦は一八〇度反転し、艦底部のカタパルトをエリスに向ける。
さらに強制軌道に移行するため、艦はエリスとは逆方向に––––つまりは上空に––––ロケットモーターを噴射する。強制軌道に移行すると艦内には遠心力が生じ、すべてのものが頭上に押しつけられる。
軌道高度は約百キロ。これはエリスの中間圏上端よりも低い。
重力面は艦の上を向き、乗員はにわかに逆さ吊りになったかのような感触を覚える。
そして大気との摩擦。
艦はすぐに赤熱し、放熱システムがフル稼働で排熱する。
このような不安定な場所に一分以上は居られない。
軌道空母は強制軌道に移行後一分以内に
いつもの赤い照明、鳴り響くサイレンの音。
「艦長。カウント5です」
「4、3、2、1、スラスト」
艦長のクリステルは機関長に命令した。
ゴッという猛烈なエンジン音。通常航行に使われているエンジンに追加して戦術戦闘用ロケットモーターが爆炎を吐く。
「スラスト、マーク」
操艦長のヤマザキがすかさず軌道要素をクリステルに伝達する。
「軌道要素、入力完了。残り七秒で強制軌道に移行します。カウントダウン開始、5、4、3……」
クリステルはすぐに甲板員に命令を伝達した。
「インターセプター射出準備。二〇秒後に射出する」
発艦デッキの天井に備えられたコントロール・ルームから応答。
『インターセプター射出、アイ。カウントダウン17、16、15……』
今頃、発艦デッキの全てのモニターが大写しでこのカウントダウンを表示しているはずだ。
「強制軌道への移行完了」
「マーク」
ブリッジでの会話にも緊迫感が漂う。同時進行で三つの作業が並行しているのだ。緊迫しない訳がない。
「バレンタイン隊長、準備はOK?」
クリステルはインターコム越しにバレンタインに呼びかけた。
『大丈夫だ、クリステル艦長殿』
『射出五秒前。4、3、2、1』
フライト・オフィサーがカウントダウンを終了する。
同時にカタパルトが起動。電磁カタパルトがバレンタインとエクレアの乗機をエリスに向けて後ろ向きに射出する。
窓のないブリッジから電磁カタパルトの姿は見えない。しかし、クリステルにはアルバトロスの発艦デッキに整列した甲板員たちの姿が見えたような気がした。
いつもと同じ緊張。いつもと同じ不安。
どうか、生きて帰ってきて欲しい。もう、戦死者を見送る葬列は懲り懲りだ。
ゴゴンッ……という小さな振動。
『アルファ2、降下開始』
インターコムからエクレアの澄んだ声。
『アルファ1、降下開始』
これはバレンタインだ。
どうやら射出はどちらも成功したらしい。
二機はすぐに大気摩擦によるプラズマに覆われるとブラックアウトした。
「よし。本艦は速やかに強制軌道から離脱する。ロケットモーター停止!」
「ロケットモーター停止、アイ」
「マーク」
「アルテミス、二十七秒後に強制軌道から離脱して大気圏から離れます」
「艦長、カウントは?」
「不要よ。もうあとは帰るだけだもの」
クリステルはどっかりと艦長席に背中を預けた。
反動で身体が跳ねる。だが、ハーネスが彼女の身体を優しく艦長席に戻してくれた。
「さあ、頼んだわよ、バレンタイン隊長」
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