リンゴ飴
まこちー
特別な日に
リンゴ飴
コツ、コツ、コツ……。
下駄がアスファルトの地面を叩く音。
「お兄さん、今年も来てくれたのかい」
青髪の男が細い目をさらに細くして笑顔を作る。
「えぇ。一年に一度の楽しみですからねぃ」
濃い青の着物。袖で口元を隠しながらクツクツと笑う。
「リンゴ飴、毎年買いに来てくれてありがとうな。はい、一本」
男は礼を言って頭を下げ、リンゴ飴の屋台を離れた。
今日は縁日。
男にとっては特別な日だ。
山を下ってすぐのこの田舎の村で、一日だけ真夜中まで明かりがついている日。
「〜♪」
(おや、この曲は)
ゆっくりと近づく。
広場で流れる曲に合わせて歌いながら踊っている子どもたちがいる。
「あ!お兄さんも歌おうよ!」
「知ってるでしょ?この曲」
子どもたちが高い声で男を呼ぶ。
男は柔らかく笑い、首を横に振った。
「あっしは知りませんねぃ。有名なんですかい?」
途端、子どもたちが顔を見合わせる。
「毎日テレビで流れてる曲だよ?」
「ゆーちゅーば、も歌ってるよ?」
「……あっしの家にはてれびがございませんので……。それに、ふふふ、ゆーちゅー……なんですかい?」
「えー!お兄さん、知らないのー!?じゃあ教えてあげる!」
腕を引かれ、広場の真ん中に立たされる。これも毎年恒例だ。
「あ!お兄さん、去年も来てたでしょ!」
「去年は違う曲を教えてもらいやしたねぃ」
「今年のも覚えてね!」
得意顔の子どもたちが合唱する。それを聞きながら、先程買ったリンゴ飴を舐める。
「ラジオでは流れていない曲ですねぃ」
一曲踊り終えたようだ。拍手を送る。
「では、あっしはこれで」
子どもたちに手を振ると、一人が抱きついてきた。
「お兄さん、また来年も会える?」
「……えぇ。村に望まれる限り」
遠くから子どもの名前を呼ぶ母たちの声が聞こえる。
「ほら、そろそろ帰る時間ですぜぃ」
子どもたちの背中をそっと押す。母の顔を見た彼らは走って家族の元に帰る。
「ふふふ」
コツ、コツ、コツ……。
この村の夏祭りは、神社で行われている。
正面の大きなお賽銭箱に、大人たちが小銭を投げて手を合わせる。
カラン……。
(おやっ)
別の場所でお賽銭を投げる音がした。正面ではない。横にあるお稲荷さんの方だ。
「結婚が上手くいきますように!」
大声で言った後に若い男が礼をする。
それを見てクスクス笑い、下駄を鳴らしながら近づく。
「おやおや、お稲荷さんの方でいいんですかい?」
「えっ……さ、さっき、向こうにもお賽銭を入れてきたんだよ」
「そうですかぃ。結婚など時の運ですがねぃ」
「兄ちゃん、見ない顔だな。村の人じゃないのか?」
青髪の男が楽しそうに口角を上げる。
「縁日には毎年来ておりますよぅ」
「そ、そうか……。俺、普段は神社なんて来ないから知らなかった……」
「それだけ思いが強い、ということですかねぃ」
「5年付き合った彼女に、今年こそプロポーズをするんだ!そりゃあ思いも強くなるよ」
「微笑ましいですねぃ」
目の前の若者は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「兄ちゃん、さっき『結婚なんて時の運』だって言ったけどさ……」
「俺はその運が欲しいんだ。去年は言えなかったけど今年こそ言いたいから」
「神頼みなんて、おかしいかなぁ」
(おやおや……)
髪と同じ青の瞳が瞬いた。
「神は……」
「運を司りますからねぃ」
「己を信じれば、きっと叶えましょう」
「だよな!……え?」
青髪の男はもういなかった。
「きっと叶うでしょう、じゃなくて『叶えましょう』?」
カリッ……。
最後の一口。一噛みを終える。
「リンゴ飴がなくなってしまいましたねぃ」
コツ、コツ、コツ……。
大人たちが酒を飲みながら騒ぐ声に、下駄の音が溶けて消えていく。
「それでは皆さん、また来年」
リンゴ飴 まこちー @makoz0210
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