暴露と裏の顔

エリー.ファー

暴露と裏の顔

 男がいた。

 目を瞑っていた。

 何か考え事をしているようにも見えたし、何もかも諦めているようにも見えた。

 場所は商店街である。廃れていて、シャッター通りとなっている。

 男は、その商店街が賑わっていた頃を知っていた。

 別に、このあたりで生まれたわけでも、育ったわけでもない。

 伝え聞いていたのだ。

 この商店街がどれだけ盛り上がっていたのかを憶えておいてくれ。

 そう、お願いをされていた。

 男は立ち上がる。

 右も左もシャッター、前もシャッター、後ろは壁である。

 落書きがされていて、卑猥な言葉が並んでいる。消し去った方が良いのだろうが、ここまで寂しい商店街では、これも一つの花に思えた。

 寂しい、悲しい。

 そんな感情も浮かばない。漂わない。

「そこで、何をしているのですか」

 男に話しかける者がいた。

 少女だった。

「この商店街の空気を吸っている」

「そうですか」

「君は、何故ここにいる」

「あなたに話しかけにきました」

「そうか」

「この商店街はもうすぐ取り壊されます」

「知っている」

「誰にも必要とされていないのでしょう」

「かもしれない」

「そうに決まっています」

「そうか」

「この商店街に思い出はありますか」

「あるように思う。分からない」

「商店街を愛していますか」

「あるように思う。分からない」

「あなたは、ここで何をしているのですか」

「さっきも言った、商店街の空気を吸っている」

「じゃあ、この後は何をするのですか」

「何って」

「指示を出すのですか」

「あぁ、そうなる」

「商店街を壊せと指示を出すのですね」

「そうだな」

「あなたは結局、どちらの人間だったのですか。商店街側、それとも取り壊そうとする側」

「分からない」

「逃げているだけですね」

「そうだな」

「逃げてばかりでは、何も解決しませんね」

「いや、そんなことはない。もうすぐ、解決する。逃げているだけなのに、時間が結論をもって近づいてくる」

「それは、あなたの手柄ですか」

「まさか」

「良かった。あなたが無能なのに思いあがっていなくて安心しました」

「ありがとう」

「商店街の人には言ったのですか。自分が取り壊そうとする側と繋がっていると」

「言っていない」

「商店街の人たちに言っていいですか」

「言ってほしくはない。でも、言うんだろう」

「はい」

「私は、運がないな」

「あなたは運が良いだけで成功した時は、運も実力のうちだと言って、失敗した時は実力とは関係なく運が悪かっただけだと言い訳をするんですね」

 男は黙った。

 男は。

 泣いていた。

「分かってるさ」

「何がですか」

「上手く生きて来ただけだ。分かってる、分かってるが」

「今回も逃げさせて欲しいということですか」

「あぁ」

「あぁ、とはなんですか」

「そういう意味だ」

「ちゃんと言ってください」

「逃げさせてくれ。頼む」

「またですか」

「すみません」

「はぁ」

「すみません。今回も逃げさせてください」

 夕立である。

 しかし、二人とも濡れることはない。

 商店街は微動だにしない。

「あなたが、ちゃんと手を握っておかなかったから車道に出て轢かれたんです」

「分かってる」

「それを運が悪かったと言い訳したのは誰ですか」

「俺だ」

「運のせいにして逃げられるような人生で、運が良かったですね」

「違う」

「何がですか」

「逃げられない」

 男は、そのすぐ後に癌が見つかった。

 三か月と経たずに亡くなった。



 シャッター通りの断頭台という一席で御座いました。

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